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「知的創造」としてのキュレーション 〜情報過多社会でいかに新たな価値を生み出すか

対談 吉見俊哉×暮沢剛巳

吉見俊哉(東京大学大学院情報学環教授)

暮沢剛巳(東京工科大学デザイン学部教授)

吉見 もう一つ『拡張するキュレーション』の中で興味深かったのは、ツーリズムの話とも関わってくる「『地域』のキュレーション」の章でした。越後妻有(えちごつまり)の「大地の芸術祭」など、各地で芸術祭やアートフェスティバルが行われるようになってきています。ミュージアムの外側に広がっている都市や地域をキュレーションするときに、ミュージアムで培っているノウハウが役立つということですよね。

暮沢 地域で開かれる芸術祭は、構図としてはツーリズムの一種で、限界集落などに観光客が来て、お金が落ちることで地域の振興が図れるということも目的の一つです。けれども、あちこちで芸術祭をやるようになると差別化が難しくなってくる。そこでポイントになってくるのは、地域の魅力をどれだけ引き出せるかということです。たとえば通常の美術館内での展示とは違って、町の広場や廃屋などに作品を展示する。そうした空間と作品が出合うことによって、「異化効果」が生まれ、それまで見えてこなかった地域の特質が見えてくる。越後妻有の「大地の芸術祭」でしたら、新潟県中越沖地震で被災した民家や、廃校になった校舎を舞台に作品を展示することによって、かつての地域の記憶がそこから蘇ってくるということがありますね。

吉見 それは、ミュージアムの中ではできないことだと思います。ホワイト・キューブのミュージアムの空間は、そうした土着的な記憶を消しさってしまいます。そのものが元々置かれていた環境から隔たりが生まれてしまうからだと思うんですね。私が昨年刊行した『東京裏返し』(集英社新書)では、都市全体がミュージアムだという発想を基に、「都市のキュレーション」を試み、東京の中でも古代からの歴史的な土地である上野台地から本郷台地あたりの一帯を主に取り上げました。そのときに重要だったのは、その場所がもっている土着的な記憶への回路をどのように構築するかでした。歩いて都市を味わっていくと、なぜこのミュージアムにこの作品があって、なぜここに墓があって、なぜここに商店街があるのかということが見えてきます。それらを連続的に経験することができれば、その都市のある種のツーリズムが非常に充実したかたちで成立すると思います。

 

社会のキュレーションは可能か

吉見 ミュージアムのキュレーションから始まって、地域/都市のキュレーションというところまで拡張してきたと思いますが、もっと拡張して社会のキュレーションというのも考えられるのではないでしょうか。私の意見では、1970年代ぐらいまでであれば、人の移動を「美しい日本と私」というあるイメージの中に囲い込んでいった旧国鉄のキャンペーン「ディスカバー・ジャパン」は、成功した日本社会のキュレーションでした。さらに地球大のキュレーションとしては、ピースボートがよい例じゃないかと思います。ピースボートは人を集めて世界を一周する中で、さまざまな出会いや人との交流を生み出しています。

暮沢 私は「ディスカバー・ジャパン」を直接知っている世代ではないのですが、何年か前に見た展覧会は、キュレーションという観点から見てもたしかに面白かったです。また地球全体のキュレーションということを考えると、『拡張するキュレーション』の最後に例に挙げた、スチュアート・ブランドによってアメリカで刊行された雑誌『ホール・アース・カタログ(WEC 全地球カタログ)』(1968~1974)がそれに当たると思います。この雑誌は、新しい生き方を求めた当時のヒッピー世代に向けて、「全体システムの理解」「コミュニティ」「遊牧民族」といった独自の観点から、便利な商品を網羅的に紹介しようとしました。「対抗文化のDIY百科」として位置づけられる同誌は、新たな価値を生み出す生き方を提示したのだと思います。

「ホール・アース・カタログ」の誌面

吉見 ツーリズムなどにキュレーションという概念を拡張していくと、集めたものを見せるという近代的なミュージアムの枠を超えるところがあると私は思います。ミュージアムであろうが、都市や地域であろうが、あるいは情報空間であろうが、暮沢さんのキュレーションという概念の根本にあるのは、情報の空間的な構造化、あるいは空間の視覚化であって、つまり時間軸を少し壊すということではないでしょうか。
 私が最近、北京の大学生たちを相手に特別授業をしたとき、‟日本の「平成時代」をテーマにしたミュージアムをキュレーションしてください”という課題を、中国人学生たちに出したことがありました。そうすると、1年生は出来事の時系列を追おうとするのですが、2年生は、時系列とは違う仕方で展示コーナーの順路を設計していました。出来事がABCDの順番でこういうふうに起こったということを知識として学ぶだけじゃなくて、それぞれの構造的な関係を理解し、こういう配置で展示をすると、全体の構造が相手に理解してもらえるということを2年生は理解していた。1年でずいぶん成長するのですね。彼らは、そこで観客に何を経験させるかを設計したわけです。
 キュレーションにおいては、何を捨てて何を残すのか、それから残したものの空間的な構造化をどうするのか。そして、そこに訪れる人々の経験をどう組織するのかという、戦略性が優れているかどうかが重要になるのですね。

暮沢 モノの並べ方、情報の管理によって新しい価値をつくるというのは、私のキュレーションの定義そのものです。展覧会はもちろん、ワインショップの棚や旅行会社のツアープランなど、あらゆる場面でキュレーションが行われています。どのような基準をもって集められ、並べられているのか。それは吉見さんのおっしゃる情報の空間的な構造化、空間の視覚化とも深く関わってきます。いままでは意識することが少なかったかもしれませんが、知的生産技術としてのキュレーションは、私たちの日常の中にさまざまなかたちでひそんでいると思います。

著者情報

東京大学大学院情報学環教授

吉見俊哉

よしみ しゅんや

1957年、東京都生まれ。東京大学副学長、情報学環学環長、大学総合教育研究センター長などを歴任。主な専門は、社会学、都市論、メディア論、文化研究。著書多数。

東京工科大学デザイン学部教授

暮沢剛巳

くれさわ たけみ

1966年、青森県生まれ。美術・デザイン評論。著書に『拡張するキュレーション 価値を生み出す技術』(集英社新書、2021年)『オリンピックと万博』(ちくま新書、2018年)『エクソダス―アートとデザインをめぐる批評』(水声社、2016年)など多数。

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