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経済万華鏡

成長経済と成熟経済はどう違う?

浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

 成長経済と成熟経済はどう違うのでしょうか。
 このテーマについて考えていて、気付いたことが一つあります。成長経済に必要なのは発育することです。それに対して、成熟経済に必要なのは均衡を保つことだと思うのです。

 成長経済とは、すなわち伸び盛り、育ち盛りの経済です。発育途上の経済だということです。戦後、復興期の日本経済が、まさにそのような経済でした。およそ1945年から10年間くらいがその段階だったと言えるでしょう。
 あの当時、焼け跡に放り出された日本人たちが、まともな生活に立ち戻れるためには、何はともあれ、経済活動の拡大と発展が必要でした。一刻も早く、大きく育つ。それが成長経済というものに課せられる課題なわけです。

 人間が育つ過程を思い浮かべてみてください。発育途上の少年期には、ある時、突然、やたらと背丈ばかりが伸びるような時期がありますよね。また、ある時期には、急にひたすら肉付きがどんどん良くなったりします。その意味で、体のバランスが崩れることがあるわけです。
 ですが、これは、あくまでも発育過程の話ですから、特段、神経質になることはありません。いずれは、均整の取れた体付きに落ち着いていく。それが分かっていますから、心配することはありません。

 それに対して、成熟経済の場合には、状況が違います。バランスに気を付けなければいけません。生活習慣病などが要注意ですね。暴飲暴食は、避ける必要があります。摂取カロリーをちゃんと計算する。肥満を避ける。健康管理にしっかり気を配らなければなりません。要するに、大人になればなるほど、総じて、賢く生きることが肝要になってくるのです。
 既に賢く生きるべき時代に入った経済なのに、威勢良く発育する経済だった時代に後戻りしようとする。これはいけません。それは、実に大人げない行動です。そんな無茶をすれば、ぎっくり腰にでもなるのがオチです。
 均衡維持に目配りしながら、過去における発育の果実を上手に味わって生きていく。それが成熟経済の麗しくて賢明な姿というものでしょう。

 成熟経済を、無理やりに成長経済に仕立て直そうとしてはいけません。それは危険行為です。その無謀な試みによって、成熟経済の均衡が崩れてしまえば、命取りになりかねません。
 成熟経済が均衡を失うと、それを復元することは相当に難しいと考えておかなければいけません。今の日本に、ぎっくり腰になりそうな兆候はないか。妙な成長ホルモンをみずからに注入した結果、バランスが失調してしまう兆候はみられないか。今、精密検査が必要な時を迎えている。そのように思えてなりません。

 成長経済にとっては、成熟経済になることが目標です。立派な成熟経済になること、大人の領域に達すること。それを目指して成長経済が頑張ることは素晴らしいことです。成長経済は成熟経済化しなければいけません。
 ですが、成熟経済が成長経済化しようとすることは、愚かなことです。

著者情報

同志社大学大学院ビジネス研究科教授

浜矩子

はま のりこ

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、現在に至る。『グローバル恐慌』『スラム化する日本経済』『ユニクロ型デフレと国家破産』『浜矩子の「新しい経済学」~グローバル市民主義の薦め~』など多数の著書がある。

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