第7回 物語の謎、誰がテイラーを殺したの?
樫原辰郎(映画監督/脚本家/評論家)
完成した映画『三つ数えろ』(日本では、ボガードのセリフから、この題名になった。まだチャンドラーが有名ではなかったのだ。)にクレジットされている脚本家は、フォークナー、ブラケット、ファースマンの3人だ。ホークスにしてみれば、仕事がやりやすい面々に声をかけただけなのだけれど、アメリカ映画の歴史上、ほぼほぼ最強の脚本家チームであったのは間違いない。この後もフォークナーはホークスの傑作の一つである『ピラミッド』で驚くべきシナリオを書き、ブラケットとファースマンはホークス晩年の代表作『リオ・ブラボー』を書いた。
実のところ、『三つ数えろ』は、この時代に多く撮られたフィルムノワールと呼ばれる犯罪映画を代表する作品として知られているのだが、完成した映画を見てみると、テイラーを殺したのが誰なのかはやっぱりわからないのだ。そもそも、この作品はプロットがやたらと複雑に入り組んでいるために、劇中で何が起きたのかよくわからない映画としても知られているのである。にもかかわらず、名作と呼ばれているのだが、原作の『大いなる眠り』からして、複雑なプロットに矛盾があると後世の研究者たちから指摘されている。

『三つ数えろ』の一場面 ハンフリー・ボガート(左)ローレン・バコール(右)(写真:mptvimages/アフロ)
ホークスは、『三つ数えろ』については後にこう語っている。
「映画をつくっていて、物語を説明するのはやめよう、と決めたのは初めてだった。良いシーンだけを撮ろうとしたのだ」
さらに、こうも言っている。
「そこから私はひとつの教訓を得た。もしいいシーンをつくり、面白いことができれば、観客たちはすぐについてきてくれる、ということだ」
カッコつけた言い方をしているけど、あまりにも原作がややこしいから、わかりやすいお話にするのを諦めたのだ。しかし、ホークスは映画史に残る発見をしたと言ってよい。映画においては、物語のつじつまが合っていなくても、良いシーンになっていたら観客はついてくるのだと気がついたのだから。
映画というのは時代のモード、ファッションに引っ張られるところがあるから、現代の若い観客が『三つ数えろ』を見たときに、どんな感想を抱くのかはわからないが、出演しているハンフリー・ボガートがカッコよく見えたり、ローレン・バコールがオシャレに見えた場合には、決してつまらない作品だとは思わないだろう。その一方、この映画がどんなお話であったのかを説明することは誰にもできないだろう。シナリオの段階で、つじつまが合っていないのだから。お話のつじつまが合っていなくても、観客の目から見て面白い場面が次々に展開されてゆくと、面白い映画を見たと我々の脳は判断するようなのだ。これは、ある意味で正しい。たとえば『スター・ウォーズ』や『マトリックス』といったシリーズを順番に鑑賞する際に、重箱の隅をつつくような視点で見た場合には、いくつもの矛盾があるように思えるのではないだろうか。実際に、そういった矛盾を指摘するコアなファンもいるけれども、あまり気にすることなくシリーズ作品を楽しんでいる人も大勢いる。
ちなみに、ブラケットの遺作である『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』なのだけれども、ブラケットが最初に書いた第1稿のシナリオは完成した映画とはかなり違っている。主人公であるルーク・スカイウォーカーの父親が幽霊となって登場するし、ダースベイダーがルークに向かって、こんなことを言う場面があるのだ。
「若きジェダイよ、今から20年前、わたしのフォースは君のお父さんよりも強かったのだよ」と。
そうなのだ。今では世界中の人々が知っている、ルークの父親がダースベイダーであるという設定は最初はなかったのです。ジョージ・ルーカスの世代からすると、ある意味伝説の脚本家であったブラケットは、初稿を書き上げると病気で亡くなってしまう。細かい設定などの変更はあったわけだが、『帝国の逆襲』が今でも人気があるのは、ブラケットが書いた第1稿に古きよき時代のハリウッド映画のエッセンスが詰まっていたからだろう。
ダースベイダーがルークの父親という設定は、ブラケットの死後にルーカスが後付けで思いついたアイデアなのだ。だから、『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』を見てから、シリーズ第1作である『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』を見ると、ダースベイダーが実の息子や娘に対して、妙に他人行儀な態度をとっているように見える。
一番最初に作られた『スター・ウォーズ』という映画は、そもそも監督であるルーカス自身がベイダーがルークの父親であると思って作っていないし、ルークとレイア姫が双子の兄妹だという設定も、まだ思いついていなかったから、この歴史的なサーガとして公開された第1作の『スターウォーズ』(後に『スターウォーズ エピソード4/新たなる希望』に改題される)と、その続編である『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』とは、実はお話のディテールが上手く繋がっていないのだが、『帝国の逆襲』でダースベイダーがルークに「私はお前の父なのだ」と告げた場面のインパクトがあまりにも大きかったから、ダースベイダーの父親設定が定着してしまったのだ。もちろん、それ以降の作品はどれも、ダースベイダー父親説を補完するために作られているので、ベイダーがルークのお父さんであることを疑う人はあまりいないのだが、冷静な目で最初の『スター・ウォーズ』を見ると、ベイダーとルークは他人にしか見えないし、ルークとレイア姫が兄妹だとも思えないから、後からこのシリーズを見て、妙な違和感を感じる人はけっこういる。
ダースベイダーは圧倒的な敵キャラだったわけだが、そんな敵キャラから「私はお前の父なのだ」なんて言われたら、それはもう心が揺らぐ。ルークの心も揺らぐし、観客の心も揺らいだので、矛盾があることをスルーしてしまうような状態になったわけですよ。ダースベイダーがルークに「アイム、ユア、ファーザー」と言う場面は、俳優たちにも秘密のまま撮影されたので、レイア姫を演じたキャリー・フィッシャーや、ハン・ソロ役のハリソン・フォードも、試写で見てえらく驚いたという。
だから、論理的に見るとおかしいのだけれど、ベイダーがルークの父親であるという設定は観客たちの心を掻き立てるから広く支持を得たわけです。
映画というのは、そういうところがある。多少の矛盾があったとしても、観客の気持ちが盛り上がるような場面が上手く繋がっていると感動できる。それが映画の特徴なのだ、と言えなくもないのだが、ちょっと待ってくださいよ。『三つ数えろ』の原作である小説『大いなる眠り』からして、誰がテイラーを殺したのか、作者ですらわからないような、つじつまの合っていない小説なのだ。