第6回 小説と映画の特異な関係
樫原辰郎(映画監督/脚本家/評論家)
ロシア初の劇映画は1908年の『ステンカ・ラージン』だとされている。上映時間は約12分。これはYouTubeで見られるけれども、何台ものボートに大勢の人たちが乗って川面をゆく場面からはじまり、何やらあれこれと言い争っている。かと思うと、主人公らしい男が女性を抱え上げるといきなり川に投げ込んでしまい、そこで唐突に映画は終わる。何のことやらさっぱりわからないのだが、当時のロシアの観客は、これを理解していたのである。というのも、この作品は実在した英雄スチェパン・ラージンのお話を映画化したもので、ラージンの物語は民謡にもなっていたから、ロシアの人たちにとってはおなじみの物語だったわけです。
ロシアの英雄であったラージンはペルシャの姫を妻にしたのだったが、周りの人たちから、奥さんが来てから女々しい男に成り下がったと言われて、その奥さんを母なるヴォルガ川に捧げるために川に投げ込んだのだった。と、書きながら全く理解できないんですけど、当時のロシアではこれが広く知られた物語だったわけですよ。この映画を作った人たちは、21世紀の日本人がこれを見て、なんじゃこれは? と頭を抱えることなど、はなから想定していないんだけれども、重要なのはロシアでは有名な物語だったという点だ。この映画の作り手たちは、ロシアの観客の大半はラージンのお話をよく知っているから、ストーリーをかなりダイジェストしてしまっても伝わるだろうと考えた。
ラージンは実在の人物で17世紀に生まれた。映画が誕生した時点では伝説の中の英雄なんだけれども、圧政に苦しむ民衆のために戦ったキャラクターとしてロシアでは広く認知されていた。イギリスだとロビン・フッドとか、フランスだとジャンヌ・ダルクとか、どちらも何度も映画化されている。アメリカのように歴史の浅い国では開拓時代に名を残したビリー・ザ・キッドやワイアット・アープといった拳銃使いの英雄の物語が何度も映画化された。ワイアット・アープは西部開拓時代の伝説的な保安官だったから、何本もの映画になったわけだが本人は長生きしたので晩年は西部劇映画の監修までやっていたという。21歳で死んだビリー・ザ・キッドはアープとは対照的なアウトローだけれども、人気があったので何度も映画になっている。そう、我々は英雄の物語が大好きなのだ。
処刑されるステンカ・ラージン(写真:ALBUM/アフロ)
ステンカ・ラージンも民衆のために戦う英雄なんだけど、英雄だからこそ割と無茶なこともするんですね。だから、ペルシャから迎え入れた奥さんを河に投げ込んだりするのである、そこに至るまでの文脈を知っていると、ラージンが奥さんを河に投げ込むのは、それほど突拍子もない表現ではないのだが、ラージン物語を知らない我々が見ると、わけがわからない。
たとえばね、『鬼滅の刃』という誰もが知っているであろう漫画は、全世界で2億部以上売れたので、最後まで読んだ人は大勢いるから登場人物である竈門炭治郎や無惨がどのような運命をたどることになるのか、知らない人はあまりいないのではないだろうか。
ストーリーの結末を知っているのであれぱ、それが映画化されたとしても、わざわざ映画館に見に行く必要はないと思うんだけども、『鬼滅の刃』が劇場版の映画として公開されると、とんでもない数の観客が映画館に押しかける。そう、我々は既に知っている物語が別のメディアで展開された場合にはそれを見に行くのだ。
何かしらの映画や小説がヒットしたときに、SNSなどではやたらとネタバレが嫌われる。我々は、まだ自分が知らない物語を、無知な状態で鑑賞したいのだ。だが、それと同時にコミックスでは全23巻で完結した『鬼滅の刃』の結末まで知っているのにもかかわらず、それが映画化されたら見に行ってしまうのですよ。
『劇場版「鬼滅の刃 」夢幻列車編』は歴史に残る大ヒットとなったわけだが、映画館に詰めかけた観客たちは、いくつかのレイヤーに分類できる。『少年ジャンプ』での連載を追いかけて、アニメ化された流れをきっちりおさえていた人もいただろうけど、ただ単純にヒットしている映画だから見てみようかと足を運んだ人も大勢いただろう。コアな支持層だけではなくて、なんとなく面白そうだなと思った人たちを映画館に連れてくることに成功したから、記録的な大ヒットになったわけですよ。当たり前の話だけど、映画でも小説でもヒットする作品は基本的に面白い。そんなに売れているのなら、さぞかし面白いのだろうなと判断した人たちが新たなお客さんになれば、ヒットが大ヒットになるわけだ。映画が面白かったので、原作も買ってみましたという人もいるだろう。
実際問題として、映画と小説は違うメディアである。同じ視覚芸術である漫画をアニメ化した場合でさえ、なんとなく原作と違うイメージになってしまうことがあるのはご存じの通り。だとしたら小説を映画化するのは、実はそんなに簡単な作業ではないのだ。
たとえばドストエフスキーという作家は、登場人物たちがその場にいない人物の話をするという手法を好んで使う。たとえば代表作とされる『罪と罰』では、ヒロインであるソーニャというキャラクターの父親が先に登場して、延々と家族の話をするので読者もソーニャの存在を認知するわけだが、ソーニャが実際に登場するのはかなり後になってからだ。そのまんま映像化したら、セリフがやたらと長いから観客の頭に入らないし、ヒロインがなかなか登場しないもんだから退屈するだろうし、そもそも8時間くらいの大作になってしまう。ドストエフスキーは映画化には向いていないのだ。
だがしかし、ドストエフスキーの小説はサイレント映画の時代から300回以上映像化されているし、『罪と罰』だけでも20回以上映画化されている。これが映画人の恐ろしいところで、映像化が困難であっても、無理やり映像化してしまうのだ。たとえば、ドイツ表現主義映画を代表する『カリガリ博士』の監督ロベルト・ヴィーネが1923年に『罪と罰』を映画化した『ラスコーリニコフ』という作品では、いきなり状況を説明する字幕が出る。『スター・ウォーズ』と同じ手法である。その字幕で「ラスコーリニコフは貧しい学生だった」というような説明があり、苦悶の表情で両手で頭を抱えた男がドアップで映される。原作では、ラスコーリニコフが町を歩いている場面から始まるので、冒頭から原作と全然違うことをやっているわけだが、どアップで苦悩している若い男の顔を見せられた観客は、こいつがラスコーリニコフだなと判断する。