「満州」で起きた事実をいかに伝えるか
松原 そうですね。AIは業務の部分ではものすごく時間を節約できるなと思うんですけど、他には使っていないですね。そんなに正確なものは出てこないですし、やはり実際に起きていることの背景は、人間に聞かないとわからない。むしろ、私が危惧しているのは、多くの人が情報を効率的に求めてAIに慣れてしまうことで、例えば三浦さんが表現されているような文体を味わうことができなくなってしまうのではないかということです。
三浦さんは、ある時代や人物の人生を、自分の肌で感じているものと併せて表現されていて、私はその文体からとても深いものを感じ取ることができます。そうした需要がなくなってしまったら、嫌ですね。

三浦 「これは難しい問題ですが、大事なポイントはAとBとCの3つですね!」というテレビ番組のような、わかりやすさを求めた2010年代の社会の先に、いまAI化社会が到来している。一方で、2000年代までは、田原総一朗さんの『朝まで生テレビ!』が象徴するような、百花繚乱でいろんな意見が噴出し、喧嘩したりして、結局議論がまとまらないで終わっていた。私はあれが好きだったんですよね。一見、カオスな状態ですが、いま振り返ってみれば、そうして結論が出ないまま終わるほうが、民主主義的でよかったんじゃないかという気もするんです。AI化社会になってしまうと、みんなが模範解答的な答えに向かい、少数者の意見や、正解とは言えないけれど一考に値する意見が軽視されてしまう。それって余裕のない、ひどくつまらない社会ですよ。
松原 怖い社会でもありますよね。すぐ答えを求めて、AIに聞けばそれが答えだと思って自分で考えない社会になってしまう。そうなると書物は読まなくても、例えば建国大学についての事実さえわかればいいということになって、ものを感じ取ったりとか、考えたりとか、思いを馳せたりとかっていうことがなくなっていく。権力者にとっては、ものすごく支配しやすい社会になってしまいます。
ドキュメンタリーの可能性
三浦 いま、石川テレビの五百旗頭幸男さんとか、地方のテレビ局出身の方が奥行きのあるドキュメンタリーを続々と制作していますよね。松原さんは、ドキュメンタリーの可能性について、どのように感じていますか?
松原 全体像を伝えられることですね。例えば、毎日断片的に報道される映像はあるけれども、物事が起きた背景とか、その時代とか、人柄とかを描くことができると思います。
あとは、テレビ局が持つアーカイブに可能性があると思っています。『黒川の女たち』で安江玲子さんという方は、取材を始めた2018年のときにはまったく笑顔を見せなかったのですが、その後社会や家族に存在を認められていくなかで尊厳を回復し、笑顔を取り戻していきます。これは2018年に撮影した玲子さんの素材があったから、2023年での彼女の変化を見せることができたんです。先達の人たちが撮ってきた映像を、それ以外の番組や映画とかで活かすことができる。こうしたアーカイブの存在は、テレビなどの組織ジャーナリズムが持っている大きな力だと思います。

三浦 一方で、昔はテレビ局でしか作れなかったドキュメンタリーというものを、いまは個人が比較的安価なカメラで高画質の映像を撮影し、パソコン1台で編集してYouTubeなりSNSなりで発信できるようになりました。こうした個人の発信に対して、テレビ局にいる松原さんとしてはどのように感じていらっしゃいますか?
松原 世のなかのスピードがきわめて速いなかで、個人の方による映像というのは、いい競争相手として私は考えています。テレビ局としては、組織力をどのように活かすかということが大事なんだと思います。プロのカメラマンは、やはり上手で、いい映像を撮ってくれる。ただ、視聴者が「いい映像」を求めるかどうかは別なんですよね。視点や切り口が面白くないといけない。私としては、テレビ局の組織力がうまく噛み合わさればいい番組ができると思っています。いまの社会は動きが速すぎるので、完成形でなかったとしても、映像で記録を残して全体がわかるものを伝えるほうがよいと私は思います。
映像で残っているものは、決して否定できません。黒川村の性暴力を受けた女性たちが、顔と名前を出して自分たちが受けたつらい事実を語っている声と姿は、それをなかったことにしようとする歴史修正主義をはねつけることができる。私は、これからも何か不条理なことが起きないように記録として映像を残して、社会に伝えていきたいと思っています。
三浦 実は私はニューヨークに留学中、ムービーシューティング(動画撮影)の講座を受講していたんです。一応動画も撮れるんですが、いまは活字に専念している。でも、『黒川の女たち』のなかで、女性たちが「伝えてくれる人に会えてよかった」と言っているシーンを見て、「ああ、動画はやっぱりいいな」と思いました。何か社会に伝えたいと思っている人は世のなかにたくさんいる。だけど、正しく伝えてくれる人を見つけられずに、言葉が消え、記憶も消えてしまう。そうならないように、私自身がもっと技術を磨いて、「伝えられる人」になりたいなと松原さんの映画を見て思いました。私も近い将来、ドキュメンタリーの世界に乗り込んでいくかもしれません。

左:三浦英之著『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』(集英社文庫) 右:松原文枝著『刻印 満蒙開拓団、黒川村の女性たち』(角川書店)