imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

恋のバックアップ問題

雨宮処凛(作家、活動家)

 何かと話題の本「生きる悪知恵」(文春新書、2012年刊)を読んでみた。
 言わずと知れた人気漫画家、西原理恵子さんのベストセラーである。
 仕事のこと、家庭のこと、男女のこと、自分の性格やトラブル、さまざまな難題に西原氏が斜め後ろくらいの方向からカウンターパンチを繰り出してくれる、という人生の指南書だ。
 サブタイトルが「正しくないけど役に立つ60のヒント」とあるように、「正論」めいた回答はみじんもない。しかも、オビに躍る言葉は「正直者よりウソつきになれ」である。
 本書を読んで、何かやたらと気が楽になった。

 もっとも感銘を受けたのは、妻子ある男性との関係を続ける30歳女性の悩みへの回答。30代に入って、ふと「このまま続けていていいのかな」という不安が込み上げ、今のうちに彼と別れて末永く一緒にいられる相手を見つけた方がいいのか悩んでいる……という趣旨の相談だ。
 その悩みへの回答が、ある意味ですごい。普通だったら「あなたの幸せを考えたら別れた方がいい」とか、その手のありきたりな回答がくるわけだが、西原氏の結論は「とりあえずバックアップの用意を」とのこと。
 不倫関係が終わった時、「30過ぎて彼氏いなくて路頭に迷うと結構立ち直りがきつい」ので、次を見つける努力はしたほうがいい。スペアというか、バックアップをとっておいたほうがいい、ということだ。以下、回答からの引用である。
「私の周りのもののふの女たちは『3チンポ持て』と言ってます。『いいですか、1チンポではいけません。それがなくなったらどうするんですか』『必ず2本はバックアップを持っておくように』って。泳がせておいてもいい、年に1回くわえるだけでもいいんです。必ずバックアップを持っておいてください」

 なんだかあまりにもあけすけな言い分だが、一読して、思った。
 ああ、この言葉を、過去の私に聞かせてあげたかった!
 過去の私。
 相談者のように不倫ではないものの、馬鹿みたいに一途に一人を好きになり過ぎて、もう頭がおかしくなりそうなほど毎日が苦しくて苦しくて仕方なかった頃。しかも向こうは自分をどう思っているのかまったくわからない、という生殺し状態だからさらにのめり込んでいく。
 連絡なんて向こうからほとんどくることはなくて、いつ会えるかも完全に向こう次第。結果、私は友人との約束を何度もドタキャンする羽目に。約束がある日に限って「今から会える?」なんて連絡があり、もううれしくてうれしくて、彼を優先させてしまうからである。
 そんなことが何度かあると、もう友達と約束することも申し訳なくなり、友人たちとは次第に疎遠に。そうして、ただただ「いつ連絡がくるかもいつ会えるかもわからない彼を待ち続ける」ことばかりに、貴重な時間を費やした孤独な日々。

 今思うと、あまりにも可哀想である。だけど、その時は世界中のすべての問題がどうでもよく、とにかく「彼に会えること」だけがすべてだったのだ。いわゆる「一途地獄」である。
 西原氏は、そんな「一途」について、以下のように書いている。
「女の人って一途になりがちだけど、それって相手の悪いところが見えなくなる病気だから。でも、二股、三股かけておくと、それぞれのいいところと悪いところがよくわかる。だから、冷静になるためにも2チンポ、3チンポをおすすめします。そういう努力は怠らないほうがいいですね、女として。新しいのを見つけて、携帯2~3台使い分けるぐらいの緊張感を持つ」
 頭ではわかる。すごく納得できる。一途になりすぎると冷静さはゼロ、自分で自分の首を締めるような苦しみが待っているだけなのだ。そして相手から見れば、そんな私はただの重い女。
 しかし、と疑問もわいた。果たして「誰かのことが死ぬほど好き」な時に、冷静さを保つためにバックアップを準備することなどできるだろうか?

 相手にいろいろ不満があって、「もう潮時かな」と思っている時だったらいいのかもしれない。だけど私の場合、誰か一人が超絶に大好きな時、それ以外の全員が産業廃棄物にしか思えない、という症状を抱えているのだ。そしておそらく、多くの女子がそうだと思う。
 逆に、大して好きでもない相手と付き合ってる時は、バックアップ問題は解決されている。本気で好きだと、バックアップに割く心の余裕なんて1ミリもないのだ。
 それにしても、と思う。男がらみの悩みは、やはり「男」でしか解決しないのだろうか、と。「仕事をバリバリ頑張る」とか「自分磨きをする」とかでは、到底埋められないものなのだろうか。
 さて、そんな過去の私の「重い恋」だが、気がつけば気持ちは冷めていた。もうこれ以上ハマると自分がもたない、という自己防衛本能が働いたのかもしれないし、そんな状態に疲れたのかもしれない。そうして、いろいろとどうでもよくなった果てに、いい感じに毒が抜けたのか、彼には「重くなくなった」と判断されたようで、結果、とてもいい関係になれた。

 大どんでん返しである。で、そうなる過程のことを思い起こせば、私もバックアップを用意していたのである。
 ちなみに疲れ果てていた当時の私は、「彼以外は産業廃棄物」だなんて、とうに思わなくなっていた。むしろ、私をこれだけ苦しめる彼の存在そのものが、「有害物質」になり始めていた。心を壊してしまうほどの恋や、自分で自分が嫌いになる恋なら、さっさと手を引くべきなのだ。わかっているのに、やめられない。でも、ほんの少し余裕ができたら、好きな相手のことをちょっと引いた視点で見ることができる。
 それが私、そして彼との関係にとってはいいきっかけになった。
 結論。
「とりあえずバックアップの用意を」に、私は一票を投じる。

次回は11月1日(木)、テーマは「美しさ」の予定です。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。