20代前半で「BBA扱い」されていた女子高生ブームの90年代 〜援交、パパ活、売防法〜
雨宮処凛(作家、活動家)
当たり前に性風俗を肯定・利用する男性を「ひどい」と断罪する人もいるだろう。が、彼らのそんな「当たり前」がどこで形成されたのか考えていくと、思い当たる節は多くある。なぜなら昭和50年生まれの私は、小さな頃からテレビなどで「男なら風俗に行くのが当たり前」という価値観に触れてきたからだ。多くのタレントがそういうことを公の場で語る光景があり、また社会人になった同世代男性が「上司に風俗に連れていかれた」と普通に口にする姿も目にしてきた。それが嫌だった、という人もいれば、「ラッキーな話」として語る者もいた。
このような男性に、性売買や処罰の是非などについて聞いても、ポカンとするのではないだろうか。ある日突然フードデリバリーが違法になるかも、と言われても多くが「なんで?」という反応をするように。しかし今、このことを巡ってさまざまな議論がなされている。
その中には「セックスワークイズワーク」派もいれば、買春処罰派、またセックスワーク廃止派もおり、もちろんそれ以外にもいろいろなスタンスの人が多くの意見を戦わせている。私自身はそれぞれの主張を読んで理解に努めるのが精一杯というレベルなのだが(前回の連載原稿で書いたように、とにかく今は何に対してもじっくり時間をかけて考えたい)、そのような議論とはまったく別次元で、自分がもし男だったら、いや、女性用風俗もあるので男女がどうとか関係なく、決してお金を払って性サービスを受けることはないだろう――という確信がある。
それはポリコレとか倫理とかモラルとかイデオロギーとかそういうこととはまったく関係ないもので、ただただ「自分が行ったら相手が嫌だろ」という一点に尽きる。
![]()
「唐突に何?」と思った人もいるかもしれない。が、学生時代のいじめが原因なのか、私の中には常に「自分は生きていてはいけない」という思いが根強くある。同時に自分がいることが多くの人にとって迷惑で不快で耐え難いことであるという思いも刷り込まれており、とにかく自分はキモくて汚物、というのが自己認識の一番目なのだ。その上、対人恐怖もこじらせている。
周りにもそんな人が多い。特に10代から20代にはリストカットやオーバードーズを繰り返すという「死にたい界隈」で過ごしてきたので同類が多い環境だったし、今も私の人間関係の一部はそこにある。そんな人々の多くはひきこもりだったり働けなかったりと生きづらさを抱えているわけだが、男性の場合、一度は近しいおじさんに「ぐだぐだ言ってないで風俗でも行ってこい!」みたいな北方謙三的アドバイスをされている。が、そもそも自らの存在が迷惑で、自分が極端に汚いと感じているような人たちが「そうします」となるはずもなく、「何も考えずに風俗とか行ける人になれたら楽なんだろうな……」という呟きを聞いたこともある。
また、私の中には「迷惑だから行かない」と並んで、「自分のキモさゆえ相手にひどい態度を取られて傷つくに決まってる」という思いもある。
そう思うと、「行ける」人はどういう心境なのだろう、と純粋に思う。自己肯定感が高いのか、自分はイケてると思ってるのか、あえていろいろ考えないようにしてるのか。
というか考えてみると現在、性風俗の値段は一律だ。客によって変わることはない。だけどこれが、サービスを提供する人の「嫌度」によって値段が変わるシステムだったらどうだろう。
清潔感をはじめとして、態度とか、あるいはもろに容姿とかで「買う側」がジャッジされるシステムだったら。もちろん、嫌と思われるほどに値段は上がっていく。こんな形だったら、男女ともに絶対行かないのではないだろうか。そう思うと、「性を買う」場で、買う側は絶対に傷つかないようなシステムになってるんだなぁ……とも思う。その一方で、買われる側はいくらでもチェンジさせられる。
![]()
さて、そんなことを考えていて、「風俗に行く男性」と「行かない男性」にはどんな違いがあるのだろう、と考えた(性産業はどうしたって男性向けのものが桁違いに多いので、あえて男性に絞りました)。
なんとなく、という人もいれば、自らのアイデンティティーと深く関係する理由で行く行かないと決めている人もいそうで、両者の間には深い溝がありそうだ。そしてこちらが想定する以上の、思ってもみない理由もありそうではないか。というか、ここはまったく語られていない領域で、この辺りのことを、私は知りたい。
ちなみに私が実際に耳にしたことのある買春否定派の意見を紹介したい。
あるおじさんのものだが、彼は「金で人を好きにできる」という発想が信じ難い、よって友人で買春する者がいたら縁を切ると普通に言っていて、なんだかそんなふうにまっすぐ言う人を初めて見たので「ほぅ……」と思ったことを覚えている。
もちろん、この意見に対してもさまざまな反論があるだろう。また、いろいろと選択肢があり得る「健康な成人男性」だからこその発想だ、という突っ込みもあるかもしれない。
女子高生ブームの頃から、女性側の「売る理由」は腐るほど語られてきた。多くはおじさん媒体で、おじさん向けの内容が。だけど私はそれよりも、この辺りの男性側の率直な声を聞いてみたい。
そこから、この社会のいろんなことが恐ろしいほど見えてくる気がするのだ。