「ラテンギャング・ストーリー」16 塀の中の「マラス」
工藤律子(ジャーナリスト)
それでも最後の賛美歌を歌い終わった後、互いに握手や抱擁をする時間になると、笑顔で手を差し伸べてくる青年が何人もいた。そもそもここに外国人、しかも「女性」が来ることはまずないため、少し照れた仕草をする者も。あっという間に1時間半が過ぎる。
挨拶が終わると、私たちはそこを出て、隣の区画へ移った。内部構造は最初の所とまったく同じだ。そこには、この刑務所内でアンジェロの教えを受けて回心し、仲間に神の教えを説く「塀の中の伝道師」となった囚人が二人いた。首から丸刈り頭の額にまでタトゥーをしたハビエル(39)と、その相棒のホセ(37)だ。彼らが主導して、住人の約半数が賛美歌を歌いはじめる。皆、真摯な表情だ。そのほとんどは、30代前後とマラスの中でも古株のようで、さっきの若い世代よりも落ち着いている。信仰に目覚めた者も、多いようだ。
暴力的な父親との対立から長らく家族を顧みなかったという米国人宣教師の話と、ダイヤー牧師の説教の後、囚人たちは再びハビエルたちと、祈るように手をかざしながら賛美歌を歌った。そして最後にまた、握手や抱擁の挨拶をする時間が来た。
こちらへ近づいてきたハビエルとホセに、私はさりげなく「いつまでここに」と話しかけてみる。彼らは、意外と気さくに答えてくれる。
「私はあと1カ月で出所なんです。出たら、娘(9)と息子(7)のために、いい父親になりたいです」と、ホセ。ハビエルも
「私も1カ月後に出られます」と言い、真剣な眼差しでこう続けた。
「私は7カ月ほど前に、神と出会いました。それからは、できるだけ大勢の仲間が光を見出せるよう、神に仕えています。途方もなく大きな罪を犯し、危険なこともしてきたのに、私はまだこうして生きている。生き残った。その意味を、ずっと考えているんです」
まもなく私たちが退室する時間となった時、ハビエルが、何人かの囚人たちと紙と鉛筆を手に、アンジェロに何か話しかけた。その後すぐ、アンジェロがその紙を持って私の方へ来る。
「お願いがあるんですが、ここに並んでいる名前を、日本の文字で書いてもらえませんか」
そうニッコリする。後ろに立つ囚人たちが、好奇心に満ちた目でこちらを見ている。
「ええ、いいですよ」
私は早速、その紙に並ぶ20ほどの名を全部カタカナで書いて手渡した。
「ありがとう!」
紙を受け取ったハビエルと周りの若者たちが、私に握手を求める。そして紙を覗き込んでは、無邪気におしゃべりを始めた。
私は同じような光景を、ほかの場所でも見たことがあった。メキシコの路上生活をする少年たちが通う施設で、だ。子どもたちは、日本人と見るとボールペンを持ってきては、自分の腕を突き出し、「僕の名前を日本語で書いて」とねだった。一人に書くと、同じリクエストをする者が現れ、しまいには行列ができる。そんな12、13歳の少年たちと同じ目をしたギャングが、そこにいた。