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連載

変革への闘い

「ストリートチルドレン」と呼ばれて11 家族を求めて

工藤律子(ジャーナリスト)

自分の存在価値

 その男性と出会う以前に一度、私たちは、メキシコシティでいつも滞在している友人宅の近くで、オルガ親子と待ち合わせをし、散歩に出かけたことがあった。オルガは、小学生になったアナベレンと、歩けるようになったばかりのモニカを連れて現れた。心なしか淋しげではあったが、自立心は高まっているようにも見えた。
 肩を並べて歩きながら、私は彼女に「仕事はうまくいってる?」と、尋ねた。すると、
「“お母さん”の助けもあって、内職は続けられているし、何とかやっているわ」
と、前向きな言葉が返ってきた。娘たちは、引き続き施設で預かってもらっているようで、孤立したシングルマザーではない分、救われている。それもあってか、
「できれば、中学の勉強をしなおして、卒業したいと思う」
と、オルガは久しぶりに自身の希望を語った。
 私は、彼女がまだ「カサ・ダヤ」にいた時に、「人権ワークショップ」の指導役を手際よくこなしていた姿を思い出しながら、その当時も一度伝えたことのある思いを、もう一度話してみることにする。
「前にも言ったけど、あなたはとても頭がいいし、人を引っ張る力、指導力があるから、しっかり勉強を続ければ、きっといい“先生”になれると、私は思っているのよ」
 それを聞いたオルガは、少し驚いたような表情をしながらも、
「今も本当にそう思う?」
と、私に問い返した。「もちろん。ずっとそう思っているんだから」と応じると、今度は心底うれしそうに目を細める。
「ありがとう」
 それ以来、彼女は時折、ふとした瞬間に、私にこう問いかけるようになった。
「リツコ、私って、今でもいい先生になれると思う?」
 それは大抵、自分のやっていることに自信が持てなくなり、不安に苛まれた時のことだった。親から十分な愛情を受けることなく、独り、路上で長いサバイバル生活をしていた子どもたちは、すべての不幸の根源は自分にあると思い込んでいるうえ、褒められた経験に乏しいために、自分の長所を確信を持って認めるのが難しい。だから、自分の存在を強く肯定する必要に迫られると、「助っ人の一言」を求めるのだろう。
 私は、同じ問いを投げかけられるたびに、願いを込めて答えた。
「もちろん。あなたなら、なれる」

モニカさんが運営する女子定住ホームの近くの公園で遊ぶ母子。2009年 撮影:篠田有史

 

パートナー

 その後のオルガの人生は、「お母さん」モニカさんら、オルガをよく知るNGOスタッフたちも予想すらしなかった展開をみせることになる。同性のパートナーと暮らし始めたのだ。
「オルガは、今、メキシコシティの北、ここからは少し遠いところにある村に、同性パートナーとその娘と一緒に暮らしています。子ども3人も一緒です」
 2015年頃、モニカさんからそう知らされた私たちは、事情もよくわからないまま、とにかくメキシコシティ滞在時に本人と会えるよう、段取りをつけてもらった。オルガは、針金を使った置き物を作る内職をしており、その材料の受け取りとできた品物の納品のために、定期的にメキシコシティまで出てくると聞いたからだ。
 その日、メキシコシティ旧市街にあるモニカさんが代表を務めるNGOの事務所で再会したオルガは、特に変わったことはない、とでも言いたげに、サバサバした様子だった。
「そう、パートナー母子と6人で暮らしているわ。パートナーは、何かの仲介ビジネスをやっていて、お金にはさほど困っていないの。子どもたちも助けてもらってる。皆、元気よ」
 そんなふうにたわいのない会話を続け、その日はあまり長居はせずに、そそくさと帰って行った。そのよそよそしさに不審の念を抱いた私たちに対し、モニカさんは自分の考えを打ち明ける。
「オルガは、子どもたちの目の前で、パートナーに暴力を振るわれているんです。そのせいで、かつての薬物依存の影響もあって、精神的不安定さが日に日に増しています。オルガだけでなく、子どもたちにとってもよくない状況です」
 路上で生き延びた経験があり、どちらかと言えば普段は強気な性格のオルガが、同性からの暴力を容認しているという話に、私たちは愕然とした。しかもその結果として、精神科にかかったという。モニカさんは、
「それでも本人は『問題はない』と言い張って、医師が処方した薬を飲もうとしません。このままでは、子どもたちへの精神的影響も心配です」
と、肩をすくめる。
 モニカさんの不安は、的中した。まもなく子どもたちは、NGOの施設へと生活の場を移す。それでもオルガは、同性パートナーとの暮らしを続け、数年後には、メキシコシティ国際空港の近くへと引っ越した。それを知った私と篠田は、さっそく会いに行くことにする。空港までは、街中から地下鉄に乗って30分ほどで行ける。
 空港のすぐ北側、高級ホテルの裏手にある古い住宅街の一角に、オルガたちの住まいはあった。コンクリート造りの住宅に借りた一室に、オルガとパートナーとその娘が共同生活をしている。オルガは、訪ねてきた私たちと抱擁を交わすと、パートナーを呼び、
「こちらがパメーラよ」
と、紹介した。それは、オルガよりも年下だが貫禄のある女性だった。彼女は、愛想のない挨拶を済ませると、オルガの背後にあるソファに横たわり、携帯電話をいじり始める。
 それを気にするふうでもなく、オルガはマイペースで、「私の“お母さん”と会った?」などと話しかけてくる。その日は、結局、パートナーとは一度もまともな会話をすることなく、オルガと雑談をして、別れた。彼女がオルガに暴力を振るっているのかどうかも、わからずじまいだった。

空港近くのアパートで、オルガは近況を語った。奥のソファにいるのは、彼女のパートナー。2017年 撮影:篠田有史

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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