「ストリートチルドレン」と呼ばれて19 日本との絆
工藤律子(ジャーナリスト)
路上で出会った子どもたちの人生に、寄り添い続けるダビ、そしてテキオの仲間。彼らの活動には、これまでに何人もの日本の若者が、ボランティアとして貢献してきた。その裏には、1996年以来、毎年、「ストリートチルドレンを考える会」の活動のひとつとして、私と篠田が案内人となって実施しているスタディツアー、「メキシコ・ストリートチルドレンと出会う旅」の存在がある。

2024年のスタディツアーで、線路沿いに暮らす移民の子どもたちを訪ねる日本の若者たち。路上活動は、彼らに路上の現実を伝え、深い衝撃をもたらした 撮影:篠田有史
期待を裏切る助っ人
「メキシコ・ストリートチルドレンと出会う旅」は、世界が新型コロナのパンデミックに見舞われた2020年と2021年を除く、計28年間、毎年、続いてきた学びの旅だ。つまり、ダビがストリートエデュケーターになる以前から実施されている。過去には、スタディツアーの訪問先である現地NGOにボランティアとして戻ってきた若者はもちろん、何度も訪問を繰り返して短期ボランティアをした末に、職員になった者までいる。ここ10年余りの例を、いくつかお話ししよう。
2014年4月から12月末まで、「カサ・アリアンサ・メヒコ」でダビの相棒として路上をまわり、路上スラングの達人となって路上チームを驚かせたのは、ユタカだ。当時、大学で開発経済学を学んでいた彼は、スタディツアーでストリートエデュケーターの仕事に出合い、自分もその活動に携わってみたいと、翌年、大学を休学してメキシコシティへ戻る。そして、ダビと働くことに。
「最初は、あまりにスペイン語が下手で、路上活動は無理だから、まずは施設で働くよう、言われました」
そう苦笑いするユタカ。大学では、スペイン語を第二外国語としてしか学んでいなかったため、路上活動での会話を初めから理解するのは難しかった。だが、数カ月後、ようやく路上へ出ることが許されるや否や、その才能は開花する。
「最初は、大丈夫だろうか、と不安だったけれど、みるみるうちにコミュニケーション力がアップして、本当に驚いたよ」
ダビは当時を振り返り、感慨深げに言った。
実は、ユタカはメキシコシティで、私が学生時代にフィールドワークを行ったスラムの友人であるマヌエルとフアナの家に下宿していた。そのおかげで、どんな学校へ通うよりも効率よく、庶民の喋りを身につけたのだ。路上で出会う子どもたちときちんと関わりたいという、彼の強い思いも、その上達を助けた。
「ユタカは、すぐに子どもたちと打ち解けられる、いいエデュケーターだった」
と、ダビ。そのユタカは、「ダビから、子どもとの向き合い方を学んだ」と言い、路上活動を振り帰って、こう語る。
「施設にいるはずの子どもが、再び路上で薬物を使用している姿を目にしたときは、いたたまれない気持ちになりました。でも、一方で、路上から施設につながった子どもが、少しずつ生活を立て直していく姿を見ることができたときは、この活動に携わることができて本当によかった、と強く感じました」

スタディツアーの週末、施設で暮らす子どもたちとピクニックに行ったユタカ(2013年) 撮影:篠田有史
彼は、現在、メキシコで日本企業関係者の引っ越しを請け負う会社に勤めている。将来はそのスキルを生かし、ダビたちが支え続ける路上の若者と共に働く場をつくることができたら、と夢見る。
パンデミック下での気づき
パンデミックのせいでスタディツアーが実施できなかった期間、私たちは、オンラインを利用して、メキシコシティの子どもたちとつながる活動を行った。最初に実施したのは、現地NGOの定住ホームで生活する少年少女との交流会だ。メキシコ政府は、パンデミック期間でも出入国に制限をかけなかったので、私と篠田は2020年12月に現地へ取材に出かけ、それを機会に交流会を企画した。そのオンライン交流会に参加した若者の1人が、ユタカの大学の遠い後輩にあたるカイミだ。
カイミは、その交流会で、初めて元「ストリートチルドレン」の子どもたちと話をして、途上国の子どもに対する意識が変わったという。
「(先進国の人間が)助ける対象だと思っていたのが、どうも違うと気づいたんです。彼らは、不幸な顔をしているどころか笑顔で、時に日本の子どもよりも元気。ただ、取り巻く環境が異なるだけでした。だから、その環境を変えようと奮闘する人たちの力になりたいと思いました」
カイミは、2023年4月からおよそ9カ月間、「プロ・ニーニョス」の路上チームのボランティアとして、ダビと共に活動する。日本にいる頃から、メキシコ料理店でアルバイトをするなど、スペイン語に馴染む機会を作っていた彼は、メキシコの隣国グアテマラにあるスペイン語学校でさらに力をつけ、メキシコシティに降り立った。それからは週に2〜3日、ダビと路上の子どもや若者、家族のもとへ通う。

カイミは、ダビ(中央)に学びながら、「プロ・ニーニョス」のストリートエデュケーターとして活躍していた(2023年) 撮影:篠田有史
カイミは言う。
「最初の頃は、汗やあか、し尿の臭いが漂う中で子どもと話したり、遊んだりするのが辛かった。けれど、じきに慣れました」
活動を続けるうちに、路上からデイセンターに来るようになり、学校へも通い始める子どもたちの成長を見るのが、楽しみになっていく。
「その変化の速度は遅いけれど、子どもたちがよりよい人生を歩んでいけるよう、応援し続けたいと思いました」
それと同時に、ダビのようなエデュケーターの存在の大きさを噛み締める。
「彼は、常に子ども第一でものを考え、使命感を持って働いている。それが子どもたちにも伝わっています。僕もその姿勢を少しでも身に付けたい」
カイミは、ボランティア期間の後半、そんな思いを口にした。