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連載

変革への闘い

「ジュリアン 墓地で育った少女」5 葛藤

学業、アルバイト、家族

工藤律子(ジャーナリスト)

 重苦しい会話はそこまでにして、私は話題を「ボーイフレンド」に変えた。彼女のフェイスブックに、「バイト先にボーイフレンドがいる」と書かれていたからだ。
「はい。同じジョリビーで働いています」
 ジュリアンが照れ笑いを浮かべる。ジョリビーとは、フィリピンで最もポピュラーなハンバーガーのファストフードチェーンだ。モール・オブ・エイジアという巨大なショッピングモールにある店が、彼らのバイト先だという。
 と、そこへ家から出てきたフロリサさんが、ニヤニヤしながら、口を挟んだ。
「彼、実は先日、ここへ来たんですよ」
 つまり、ボーイフレンドはジュリアンが墓地暮らしだと知っているわけだ。
「ジメルというんです。いい子です」
 母親は気に入っている様子。
「でも、あくまでもお付き合いをするだけで、ジュリアンには口を酸っぱくして、大学を出てきちんと働くまで、妊娠はダメよと言ってあります」
と、続ける。ジュリアン自身も、苦笑しながら、
「もちろん、そうです」
と応じる。
 フロリサさんがそれほどまでにジュリアンに妊娠について注意を促すのには、わけがある。かつてジュリアンの友人として、私たちとよく遊んでいた少女たちが皆ことごとく、出産しているからだ。数年前までは、墓地の入り口を入ると、「ハーイ!」と笑顔で走り寄ってきて、今日は何をして遊ぶ?と、私たちに催促したジュリアンの幼なじみの多くは、すでに子持ち。今では私たちが通りかかると、妙に落ち着いた、しかしどこか寂しげなまなざしで、あいさつを送ってくるだけだ。ジュリアンにはその仲間になってほしくない、と、母親は強く願っている。自分自身の轍(てつ)を踏ませたくない、ということだろう。
 私たちは、グローバル資本主義の象徴のようなモールで働くジュリアンの姿と、そのボーイフレンドの顔が見てみたくなった。そこでジュリアンに、店に行ってもいいかと聞いてみる。
「いいですよ。何時頃に来るか教えてください」 
 そう言う彼女に、明日のランチタイムに行く、と伝えて、その日は別れた。

家庭問題と夢の狭間

 翌日、正午すぎに乗り合いのジプニーで、モール・オブ・エイジアへ行く。そこは「アジア最大」をうたう巨大な商業施設で、ジュリアンの日常生活の対極にある世界だ。が、彼女は、大学でもバイト先でも、極端な格差と矛盾だらけの社会の陰とひなた、両方を知りうる立場にいて、双方を比較しながら自分の道を築こうとしている。そんな「挑戦者」が働く姿を、じかに確かめてみよう。
 だだっ広いモールの一角にようやく見つけて入ったジョリビーは、昼時だからか、人でごった返していた。まるまると太った子ども、ブランドロゴの入った買い物バッグをいくつもさげた家族……。客の間を歩く店長らしき女性に声をかけ、自分たちの奨学生の様子を見にきたと言うと、親切に呼び出してくれた。
 赤と黄色の制服姿のジュリアンは、墓地の少女とは別人に見えた。赤い口紅を塗り、髪をきりりと結い上げて、ワーキングウーマンそのもの。表情もいきいきとしている。少し話をして担当にもどると、しばらくして、ボーイフレンドのジメルを紹介してくれた。仕事の手が離せない彼は、お客が並ぶレジの奥にある厨房から、手を振ってくれる。背が高く少し色黒の、感じのいい青年だ。今のジュリアンにとって、ここは単なるバイト先ではなく、家庭での煩わしい問題からしばし遠ざかるための場所なのかもしれない。
 翌日、ジュリアンにバイト代について尋ねてみる。毎月、大体6000ペソ(約1万2000円)くらい稼ぎ、その半分は家族の生活費として、母親に渡しているという。残りは、大学での調理実習などで必要な教材費や大学で友だちと飲食するお金になる。大学を出ないうちからすでに、家族の生活は彼女の肩にかかっていた。それでも前向きな長女は、何とかその重圧に耐えようとしているように見えた。

 数カ月後、フェイスブックで様子を聞くと、「みんな元気です」というセリフに続いて、チラホラ本音の見え隠れする文章が綴られてきた。
「頻繁に返信できなくて、ごめんなさい。頭を悩ませることがたくさんあって、本当はもっともっといろいろとお話ししたいんですが、うまく表現できなくて」
 その後も、ジュネルの様子がおかしいのだろうか。
「ジュネルは、自分が何をやりたいのか、わかっていないようで。それがないから、あんな様子なんだと思います」
 妹の、兄に対する厳しい批判が混じる。
「でも心配しないでください。私は大丈夫です。いつもありがとう」
 書きながら思い直したかのように、メッセージはそう締めくくられた。

 年が明けて2017年1月、意外なメッセージが届いた。ジョリビーでのアルバイトをやめたというのだ。よくよく聞けば、原因は、バイト仲間が最近続いたトラブルの責任をすべて、ジュリアンに押し付けたからだということだった。上司に真実を問われた彼女は、「面倒なので」自分のミスではないとだけ伝えたうえで、自らバイトをやめたという。「どうせまもなく大学の(レストランやホテルでの)実地訓練が始まるので、授業に専念することにしたんです」とも。
 ソーシャルワーカーのビンさんから年末に、「最近、ジュリアンはバイトが忙しいせいか、少し成績が下がっています。もう少しがんばらないと、卒業後の就職に響きます」という連絡が入っていたので、この判断は正しいのかもしれない。が、バイト仲間がミスを彼女のせいにしたことが、ハイスクール1年目のいじめと同様、「墓地暮らし」に端を発するのだとすれば、ジュリアンはきっと辛い思いをしたことだろう。
「バイトをやめたことを母に伝えるのが一番辛かったですが、もう終わったことなので、これからはまた、すべてうまくいくようになると思います」
 自らを奮い立たせるかのように、彼女はそうつぶやいた。
 その数週間後、ソーシャルワーカーのビンさんが、今度は妹のクラリスが不登校になったと知らせてきた。ジュリアンに様子を聞くと、「妹は理由を聞いても、何も話してくれません」と言う。一体どうしたことか。
 様々な疑問を胸に、3月はじめ、私たちはあと3カ月あまりで短大を卒業するジュリアンのもとへと急いだ。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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