人の住めない「白い土地」で生きるということ
三浦英之(新聞記者、ルポライター)
木村紀夫
東京電力福島第一原子力発電所から約4キロ離れた福島県大熊町の海岸近く。放射性物質が詰め込まれたフレコンバッグが積み重なる仮置き場や中間貯蔵施設に囲まれた敷地の中に、津波で流された木村紀夫さんの自宅はある。木村さんは今もまだ大半が見つかっていない次女・汐凪(ゆうな)ちゃんの遺体を捜すため、帰還困難区域内の自宅に通い続けている。『白い土地 ルポ 福島「帰還困難区域」とその周辺』(集英社クリエイティブ)を刊行した三浦英之さんが、木村さんの自宅を再訪し、話を聞いた。

帰還困難区域内にある木村さん(中央)の自宅跡。中央に木村さんと津波から生還した愛犬のベル。その先には、住民の帰還の見通しが立たない「白い土地」が広がる。
帰還困難区域とジブリ的世界
三浦 木村さんのことは、今回刊行した『白い土地』の最初の章で紹介させていただきました。震災からもうすぐ10年たちますが、月日がたって変わってきたことはありますか?
木村 10年たつけど、復興というものは自分にはありません。津波で家が流されたのは、もちろん仕方がないけれども、自宅のあったところが帰還困難区域になっていて再建することもできませんし……。いま考えているのは、ここをどうやって守って、次の世代につないでいくか。そのためにはどうやって「伝える」か。ただ自分たちの声を伝えていくだけでは限界を感じていて、ここで起きたことを「物語」にしてもっと多くの人に伝えていけないかと考えています。たとえば、この帰還困難区域の光景は、ジブリの世界観にも通じると思うんですよね。
三浦 原発被災地の現実とジブリの世界観が通じるというのは、僕も感じたことがあります。避難指示が解除されて間もない福島県浪江町で新聞配達をしている35歳の鈴木裕次郎さんという方がいて、僕は半年間、彼のところで新聞配達していたことがあるんです。当時誰も人が住んでいない浪江町を回っていたときに、民家の軒先から突然『もののけ姫』に出てくるような巨大なイノシシが飛び出してくるし、人がいなくなった市街地が『風の谷のナウシカ』の「腐海」(ふかい)のような森にのみ込まれている。ある人はこの荒れた町の状況を「放射能で汚れた町を緑がかさぶたのように覆っている」と表現していましたが、それはまさしく、人間のまき散らした猛毒を自然が治癒していく『風の谷のナウシカ』の世界観とそっくりなんです。
木村 宮崎駿さんにぜひこのあたりを見てもらって、作品にしてもらえたら嬉しいですね。何かを伝えるときに、つらいというだけじゃなくて、楽しさも感じさせるようにしないと、なかなか若い人には届かないのかなと思っています。というのも、以前、テレビの取材を受けたときに、「東京電力がもちろん悪いけれども、その原因をつくったのは電気を使ってる自分たちだということを伝えてほしい」と言ったんですが、その部分はカットされてしまいました。編集の方がそれを聞いて「俺たちのせいにするのか」と怒りだしたらしいんです……。
三浦 つまり、東京電力と被災者との対立であって、われわれ東京に住んでいる人たちは関係ないんだと?
木村 そうですね。関係があると言われると罪悪感をもってしまって、その話題を避けてしまう。だから何かを伝えるには事実を理解しやすい「物語」にして、まず興味をもってもらう必要があると感じています。それから、町としては、ここを次の世代に残すために維持費をどうするのかという問題があります。たとえば、半壊した公民館を解体するかどうかというときに、住民の中でも後世に経済的な負担になるものを残してはいけないと言う人もいる。だけど、残すことが意味のあることだと私は思うんです。
三浦 環境省としては、このあたりの土地を30年間、中間貯蔵施設にしたいという意向があります。土地を購入したり、あるいは借地権のようなかたちで取得したりして、フレコンバッグに詰め込まれた汚染土を運び込んでいる。木村さんの家はそのエリアの中にあるので、何も手をつけずにこのまま残そうとしても、たぶん国としては、受け入れられないですよね。
木村 国としてはそうでしょうね。でもまだ汐凪の遺体が残っている可能性のある場所でもあるので、ここだけ中間貯蔵施設にはしないで自然保護区にするとか、そういう抜け道はないのかなと考えています。
三浦 もしフレコンバッグの仮置き場や中間貯蔵施設になったら、汐凪ちゃんを探すこともできなくなってしまう。このあたりの中間貯蔵施設は、30年で別の場所へ移すということになっているけど、現実にはそれは難しい。福島で生まれた1400万立方メートルもの汚染土を、本当に他県が受け入れてくれるのかどうか……。
木村 よほどのことがないと他県も受け入れたいとは思わないでしょうね。このあたりを意味のある場所として残していくために、かえって放射性物質はここにあったほうがいいかもしれないと思ったりもします。そうすれば、たとえば人が来れるようになったときに、原発事故が起きた場所だということが直接伝わるかもしれない。東電ともつながりをつくっていくなかで、原発の内部を見せてもらう機会をつくることもできると思うんです。
三浦 僕は取材で、事故を起こした第一原発の中に何度も入っているんですが、3年前くらいに、福島第一原発3号機の屋上にかぶさっている蒲鉾(かまぼこ)形のドームの中に入ったことがあるんです。鉄骨むき出しの金網のエレベーターで屋上まで上がっていくときに、『宇宙戦艦ヤマト』のテーマ曲が流れるんですよ。「さらば地球よ 旅立つ船は 宇宙戦艦ヤマト」(作詞:阿久悠)という歌を聞かせて、作業員を高揚させているんでしょうね。そして、3号機の頂上に立って見渡すと、「白地」(しろじ)と呼ばれる、人間が生み出した人間が住めない土地が視線の先まで広がっている。僕らはとんでもないものを生み出してしまった、と戦慄したのを覚えています。

右から、三浦英之さんと木村紀夫さん。そして、取材に同行した沖縄タイムスの阿部岳さん(阿部さんと三浦さんとの対談は12月28日公開予定)。
復興と多数決の論理
木村 次の世代に負の遺産を残したくないって言いながら、残さざるをえない状況なんですよね。いまの世の中って、多数決でものが決まるじゃないですか。そうなると、どうしても少数派は我慢しなきゃいけない。孤立してしまうんですよ。たとえば、この地域で遺族という立場は自分一人だから、その中でものが言いづらい状況になってしまう。
三浦 大熊町では、津波で亡くなった方(直接死)は12人で、そのうちの3人が木村さんのご家族でしょう? 少し北の浪江町は182人で10倍以上違う。私が震災直後に赴任した宮城県南三陸町だと800人以上いて、家族が亡くなった人たちに対する受け止め方もとても温かい。でも大熊町の場合は、数が少ないから、そこにあまり大きな人力も予算も割けず、遺族とか死者への対応が、あまりうまくいっていないようにも見える。むしろ、どこに新しい役場をつくるかとか、どうやってインフラを整えていくかということに主眼が置かれているような感じさえする。
木村 いまもこの近くで生活道路をつくる工事をしているんですよ。人が生活していないのに道路をつくっても、無駄なんじゃないかと思います。だけど行政としては、津波で壊れたものは全部直すのが「復興」だと思っているらしい。それだったらいまじゃなくて、住民が帰ってきてから必要に応じて、そのときに直せばいいはずなんですけどね。
三浦 大熊町が目標にしていた住民の帰還率も思うようには達成できていなくて、いまも9割以上が町に帰還できていない状況です。200人強しか町にいないから、町税がどれだけ入ってくるのかもわからない。いまは復興の関連資金があるからいいけど、将来的には回せなくなってくることは明らかですね。

木村さんの自宅周辺の風景。人が住まなくなり、左の樹上には準絶滅危惧種の猛禽類「ミサゴ」が住み着いた。
マニュアル化できない記憶
三浦 福島県が50億円以上かけた「東日本大震災・原子力災害伝承館」も9月に開館しました。木村さんは、震災の当事者としてあの展示を見て、どう感じましたか?
木村 何とも言えないですね。やっぱりそれぞれに伝えたいことがありますからね。そういう意味では、自分は伝承館にはないものを伝えたいと考えています。たとえば、学校などの防災訓練の中で児童生徒の「引き渡し訓練」というのがあるんですが、保護者に子どもたちを返して、サインをもらって、それで終わりなんですよね。
三浦 木村さんの汐凪ちゃんの場合は、安全な場所だったはずの児童館にいたのに、おじいちゃんに引き渡してしまった。そのまま児童館にいて海岸近くの自宅に戻っていなければ、汐凪ちゃんは被災を免れたかもしれない。
木村 引き渡したら、それで学校側の責任はなくなるわけです。先生たちも自分の家族の心配があるでしょう。けれども、生徒を引き渡して終わりにしてしまったことが運命を左右してしまった。学校が引き渡さないという選択肢をマニュアルの中に入れることは、たぶんできないんですね。でも、ある人から「マニュアルにはできなくても、汐凪ちゃんのようなケースがあったと先生の頭の中に残っていれば、あるいは違った対応ができるのではないか」と言われて、そうだなとも思いました。
三浦 つまり、場合によっては引き渡さないという選択肢を、教育に携わる一人一人の人間の中に残しておくということですね。