imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

終戦直後「満州国最後の極秘計画」に関わった元満州国官僚の父・先川祐次の記憶

先川信一郎インタビュー

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

先川 本当かなあ(笑)。僕にはそんな素振りは見せず、むしろライバル視していたようなところがありましたよ。お互い、フルブライト留学生としてアメリカの大学で勉強しているし、中東・アフリカにも特派員として勤務している。でも、僕がヒマラヤ遠征や南極、イラク戦争の取材に行ったことを羨ましく思っていたり、グーグル検索で自分の名前よりも僕の名前が多く出てくることを意外に気にしていたり(笑)。
 一方で、「これはかなわないなあ」と思ったのは、僕が北京支局長のときに親父が遊びに来て一緒にタクシーに乗ったときのこと。親父の流暢な中国語を聞いたタクシーの運転手さんが「絶対に日本人じゃない」と言うんですよね。「どこか(中国)東北部の出身ですか?」と。そういう、満州で生まれ育ったことによる、僕らじゃ追いつけない世界の広さというか、国際感覚というのを自然と身につけていたと思います。なんというかな、それこそ、今の日本に一番足りない「世界を見る力」といったようなものを。
 そんな性格だから、ワシントン特派員時代、僕やおふくろなんかも一緒にワシントンに帯同したのだけれど、親父はどんどんホワイトハウスや国務省の高官と仲良くなって自宅に招かれたり、一緒にゴルフを楽しんだりして、米政府の中枢にぐいぐい食い込んでいくわけです。ゴルフ場って、実は外交の舞台なんですよね。ロッカールームで政策が決まることもある。親父はほかの日本の特派員とはまるで違う動きをしていて敏腕の外交官みたいでした。記憶力は図抜けているし、独自の情報源を持っている。なにより英語、ドイツ語、中国語に堪能で、相手を笑わせるユーモアがあった。今から考えれば、これこそ満州国の総務庁勤務時代に鍛えた諜報のテクニックだったのかもしれません。

新聞記者時代の先川祐次さん(1957年2月21日、イラク・バグダッド)

 

「満州国最後の極秘計画」と日本のいま

先川 思えば、僕と親父とはつかず離れずのような親子関係でした。彼が100歳を超えたとき、僕が北海道新聞を定年退職したこともあって、福岡の実家で約2カ月間、これまでの人生について連日8時間以上話し合ったことがあるんです。おふくろは他界していたし、親父はビールを飲みながら話すことが楽しかったみたいです。だから、親父の過去については大抵のことは知っているつもりでした。
 ところが「101歳からの手紙」に書かれていた「満州国最後の極秘計画」については、親父は最後まで一言も言いませんでした。見栄っ張りだから、息子から批判的に見られたくなかったんじゃないかな。だから最初に連載で読んだときには、「えっ! うそだろう」と驚きましたよ。親父、凄いこと隠してたな、と。満州国とアヘンの闇がこれほど深かったとは――。

三浦 私もびっくりしました。最初は「満州国で最後に実施された極秘計画というものがあり、そこに実は先川祐次さんが関わっていた」ということを、私は2010年に開かれた建国大学の最後の同窓会で、ある同級生の方に伺ったんです。すぐに記事にしようと祐次さんの元を取材で訪れたのですが、それを聞いた祐次さんは「誰に聞いたんだ!」と激怒されて……。それ以後も10年以上も取材を続けてようやく、死の間際に打ち明けてくれたのが「最後の秘密」でした。

先川 あれを読むと、満州国の最後の極秘計画が現在の日本の枠組みにもしっかりと影響していることがわかります。凄い話ですよね。わずか13年半で消滅した砂上の楼閣のような満州国。日本の敗戦と戦後復興、GHQとA級戦犯容疑者たちの釈放……。すべてが地続きで今につながっていることは衝撃的でした。
 僕は今、札幌市立大学で国際関係論を教えていますが、学生たちに外交や安全保障、平和論、近現代の戦争の実相を伝えることは、とても大切なことだと思っています。昭和史研究で知られる札幌出身のノンフィクション作家保阪正康さんも指摘しているように、日本は日清戦争(1894~95年)から1945年の敗戦まで50年間、戦争ばかりやってきた。いろいろな国に派兵したものの、7~8割は餓死、戦病死。信じられないほど暴力的な時代だったのに、戦争指導者や国家主義について徹底的な検証をしていない。
 我々のジャーナリストの仕事って、秘められた事実を発掘して、それを社会に提示することによって、どこかで時代を動かしていく。そういうことを僕らはもっと真剣にやっていかなければいけないし、歴史の記録として後世に残し、戦争の歯止めにしなきゃいけない。
 僕もまだまだ現役で、昨年はウクライナを取材して戦時下の様子を雑誌で伝えました。現地でインタビューしたウクライナの国民的詩人オスタップ・スリヴィンスキーさんは、「平和が戦争と戦争の間の時期であってはならない」と語っていました。『1945』はその意味でも、過去を掘り起こすだけでなく未来を変える可能性を秘めた仕事だと思います。
 三浦さんには、これからも知らない事実を広く伝えてくれるノンフィクションを最前線で書き続けてほしいと期待しています。

先川信一郎さん(左)と父・先川祐次さん(右)

著者情報

新聞記者、ルポライター

三浦英之

みうら ひでゆき

1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。