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連載

保守思想入門

第2回 序章「保守思想」とは何か~「伝統」と「実践知」について

浜崎洋介(文芸批評家)

 ここで言われる「直感力」とは、本論の文脈におき直せば、〈調和を感じ取る力〉だと言っていいでしょう。作品を前にして、その調和(自然)と不調和(不自然)とを嗅ぎ分ける「直感力」、それこそが、長い歴史の中で知らぬうちに育まれ、他者との関わりのなかで無意識に培われてきた美的感性、要するに、「伝統の制約性」にほかならない、と小林は言うのです。
 ただし、ここで急いで付け足しておかなければならないのは、「社会の制約性」と言われているからといって、小林の語る「伝統」が、自分の「外」に見出せるような規則や掟(伝統とは、こういうものだ! といったような定義)ではないということです。もし、それが、自分の外側にある「規則」(定義)なら、それを見出すために、わざわざ「直感」を介して作品の出来栄えを嗅ぎ分ける必要はないでしょう。にもかかわらず、それが「制約」として語られなければならないのは、その「伝統」が、私たちの意識的な操作(自由)を超えて作用しているように感じられるからなのです。あるものに調和を感じ、あるものに不調和を感じてしまう、その心の動き自体が——最小の動揺と最大の連続性を感受するその感受性自体が——、ある文脈的必然性(制約)においてのみ機能している心の働きなのだとすれば、伝統感覚とは、要するに、単なる過去の記憶でも、また目指すべき理念でもなく、〈私たちの内側で具体的に働いている他者の力である〉、小林秀雄はそう言いたいのです。
 だからこそ小林は、私たちが還るところは、その「力」が働いている、今、現在しかないのであり、その「力」を生きている私たち自身以外にはないのだと語るのです。自分自身の「直感」に素直で正直であること、それが小林秀雄の「批評」の方法でした。

Ⅱ 近代合理主義の起源――「実践知」から切り離された「技術知」

 では、保守思想は、「改革主義に対して後手を引くこと」において何を守ろうとしてきたのでしょうか。あるいは、こう言った方が正確かもしれません、そのイデオロギーに頼らない姿勢において、保守は何を主張し、どのような思想的傾向に抵抗してきたのかと。
 それを近代史の文脈で考えようとしたとき、まず手掛かりになるのは、またしても福田恆存の言葉です。その主著『人間・この劇的なるもの』(昭和三十一年)のなかで福田は、有機的全体性に包まれた「真の意味における自由」——それを福田は「劇的なるもの」「宿命感」、あるいは「全体のなかにあって、適切な位置を占める能力」と言いますが——を失った人々のルサンチマンが呼び出す「自由という観念」について、次にように書いていました。

 人が自由という観念におもいつくのは、安定した勝利感のうちにおいてではない。〔中略〕つねに人は、自分がなにものかに欠けており、全体から除(の)けものにされているという自覚によって、はじめて自由や個性に想到したのである。が、このなにものかの欠如感が、ただちに安易に転化され、弱者の眼には最高の美徳であるかのごとく映じはじめるのだ。
 最初は、誰も全体からの離脱に不安を感じる。つぎに自分を除けものにする全体にたいして、不満をいだく。さらに、かれは全体の批判者として立ち、個性の名において全体を否定する。脱落者から優越者への道は、あらゆる心理過程の最短距離を走る。が、ひとたびこの里程標を越えると、かれは自己の優越性を保持するため、際限もなく優越者でありつづけねばならなくなる。〔中略〕自由の出発点に立った以上、私たちは永遠に全体の批判者であらねばならぬ。こうして私たちは孤独になるか、特権階級の座席に坐りこむかせねばならなくなるのだ。(『人間・この劇的なるもの』(新潮文庫))

 この描写は、そのまま、先述した〈先に敵を発見した〉革新派の人々の態度とぴたりと一致するでしょう。人が、殊更に「自由」を強調し始めるのは、「安定した勝利感のうち」にではなく、逆に「全体から除けものにされている」ことに対する弱者のルサンチマンのうちにおいてであり、それゆえに彼らは、自らの「孤立」を、他者に対する「優越性」へと反転させるために、特定のイデオロギーを編み出さざるを得なかったのだと言うのです。
 ここには、ニーチェが語った〝ルサンチマンとしてのキリスト教道徳〟(『道徳の系譜学』)と似た構造が語られていますが、実際、革新派のイデオロギーのほとんどは、今、ここで生きられている「生」の肯定ではなく、現状への不満と否定を、そしてさらに、その否定の先で見出される「自由という観念」(ここではないどこかの理想)を孕み込むものでした。
 そして、その「自由という観念」を支えていた思想こそは、かつてアーレントが、ギリシア的「活動」(プラクシス)と対比的に語ったところの、近代的な「製作」(ポイエーシス)の思想でした(『人間の条件』)。つまり、複数の人間のあいだで歴史的に積み重ねられてきた生活の実践的工夫(活動)ではなくて、国家や政治体制をグランドデザインするための設計主義、社会のあり方をゼロから自由に創り出すために編み出された近代テクノロジーの思想です。この「製作」の思想——系譜学的に言うと、デカルト、ホッブス、ルソー、カント、ヘーゲル、マルクスの系譜——こそが、故郷を離脱した人々の不安を贖(あがな)い、「全体」に対する己の「優越性」を保証するためのイデオロギーとして機能することになったのです。
 ところで、この近代における〈製作思想の勝利〉という事態を、アーレントに先んじて、「技術知」の「実践知」に対する勝利として語っていたのが、先ほども紹介した保守思想家のマイケル・オークショットでした。マニュアルに基づいた「技術知」(technical knowledge)は、常識によって培われた「実践知」(practical knowledge)——「伝統知」とも言われますが——によって支えられてきたにもかかわらず、近代以降、両者は切り離され、さらに「実践知」は「技術知」によって隠蔽・抑圧されてきたのだ、とオークショットは言うのです。
 では、その「技術知」はいつから流行しはじめたのでしょうか。オークショットは、その起源を、ヨーロッパの宗教的=伝統的秩序が揺らぐ十七世紀初頭に見出していました。

 〔現代合理主義誕生の〕この瞬間は、一七世紀初頭であり、とりわけその時代の知——自然についての知と文明世界についての知——の条件に関わっていたのである。〔中略〕この知的ファッションを勢いづけ発展させた深い動機はあいまいだが、それは不自然なことではない。それらの動機は、ヨーロッパ社会の奥深くに隠されているのである。しかしそれに関連あることの一つとして、それが摂理への信仰の凋落と密接に結び付いているのは確かである。有益で誤りなき技術が、有益で誤りなき神に取って代わったのである。〔中略〕この知的ファッションの起源が、自分で発見したものの方が受け継いだものよりも重要だと考える社会または世代、自分の成し遂げたことに過度に印象づけられて、ルネッサンス後のヨーロッパの特徴的愚かさであるあの知的壮大さの幻想を抱き易い時代、自分の過去と決して折り合うことをしないために決して精神的に自分自身と平和な状態にない時代、にあることも確かである。(「政治における合理主義」一九四七年、嶋津格訳、『政治における合理主義』(勁草書房))

著者情報

文芸批評家

浜崎洋介

はまさき ようすけ

1978年埼玉生まれ。雑誌『表現者クライテリオン』編集委員。京都大学大学院特定准教授。2022年『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)で、第31回山本七平賞奨励賞受賞。そのほかの著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉イロニー・演技・言葉』(新曜社)、『反戦後論』(文藝春秋)、『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』(NHK出版)、『ぼんやりとした不安の近代日本』『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存――日本人の「断絶」を乗り越える』『日本人の「作法」 その高貴さと卑小さについて』(いずれもビジネス社)がある。

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