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政治・経済

世界同時株安の衝撃

不安なマネーが世界をめぐる

玉手義朗(エコノミスト)

 サブプライムローン問題が、世界同時株安や急激な円高・ドル安など、世界経済を大きく揺るがせている。一国の住宅ローン問題が世界の金融市場を乱高下させているのは、高度な金融技術が絡んでいるためだ。

複雑・高度化する金融技術

 サブプライムローン問題の構図そのものは単純である。信用力の低い人向けの「サブプライム」という金利が適用されている、アメリカの住宅ローンの一部が、返済不能になっているだけのことなのだ()。ところが、「証券化」という金融技術が問題を大きくしてしまっている。
 今、ある銀行が様々な金額と条件を持つ100件、総額20億円のサブプライムローン融資を実行しているとする。証券化は、このローンの借用証書を銀行から切り離し、別の形に変えてしまおうというものだ。
 まず、100件のサブプライムローンをひとまとめにして、特別目的会社(SPC Special Purpose Company)に転売する。SPCはこれを元に、例えば額面1000万円の証券200枚を発行して投資家に販売する。ローンの借用証書を証券に変えることから「証券化」と呼ばれる金融技術で、これによって発行された証券は住宅ローン担保証券RMBS Residential Mortgage Backed Securities)と呼ばれるが、この仕組みはスープ作りに似ている。
 サブプライムローンという「食材」をSPCという「大きな鍋」に入れてスープにし、RMBSという「小皿」に取り分けて、投資家に提供するのだ。
 また、これをさらに複雑にした債務担保証券CDO Collateralized Debt Obligation)という証券化も行われている。これは、SPCが金利と損失のリスクが異なる複数の証券を発行するもので、住宅ローンの返済金を優先的に受け取ることができる「シニア債」、「シニア債」への返済が完了してから返済を受けられる「メザニン債」、そして「メザニン債」への返済が終わった段階で、ようやく返済を受けられる「エクイティ債」の3種類が発行されることが多い。
 「エクイティ債」は、焦げ付きが発生すると真っ先に損失を被るが、その分受け取る金利が高く設定されているハイリスク・ハイリターンの証券、「シニア債」はリスクは低いが金利も低いローリスク・ローリターンの証券で、メザニンは「中二階」という意味の通り、リスクも金利も中間的な存在となる。SPCという調理人が、おいしいが食中毒を起こしやすい「エクイティ・スープ」、あまりおいしくないが、食中毒の可能性も低い「シニア・スープ」、その中間の「メザニン・スープ」という3種類のスープを作るというわけだ()。

「腐ったスープ」を誰が飲んだのか?

 証券化は、サブプライムローンの焦げ付きリスクを分散して信用力の低い人への融資を容易にし、アメリカに空前の住宅投資ブームをもたらした。
 ところが、これは同時に、リスクの所在を分かりにくくしてしまった。サブプライムローンの証券化によって、焦げ付きの損失は銀行からSPCを経由して、証券を購入した投資家に移る。焦げ付きという「腐った食材」がほんの少し入っただけでもスープ全体がダメになり、これを飲んだ投資家が「食中毒」に見舞われるのだ。誰がどれだけスープを飲んだのか、といった全体像の把握は困難で、これが世界の金融市場を不安に陥れているのである。
 さらに厄介なのは、この食中毒が、株式市場などに伝染するという点だ。サブプライムローンを使ったRMBSやCDOを大量に購入しているのは、巨額の資金を運用しているヘッジファンドや金融機関などで、実際にそのいくつかが破綻している。したがって、サブプライムローン問題について悪いニュースが伝えられると、「あのヘッジファンドや、あの銀行は大丈夫か?」といった連想から、「食中毒になりたくない!」と、株を売る動きが広がって、株価の急落を引き起こしてしまうのである。
 これに加えて、外国為替市場での大幅な円高・ドル安も引き起こす。
 アメリカの投資家の多くは、金利の安い円を借りてRMBSや株式を購入する円キャリー取引を行っている。RMBSや株式を売却する際には、ドルで受け取った売却代金を、円に替えて返済に充てる必要から、大量の円買い・ドル売りが発生して、大幅な円高・ドル安を引き起こすのである。
 さらに、サブプライムローン問題が消費者の不安心理を高めて、消費減少→生産活動の低下と企業収益の減少→雇用調整(リストラなど)という負の連鎖が起こることも懸念される。銀行などが融資に慎重になり、資金の調達が難しくなる「信用収縮」が発生、企業の資金繰りが悪化する恐れも出てくる。サブプライムローン問題が、金融市場のみならず、経済活動そのものにダメージを与え、景気の悪化を引き起こすことも予想される。
 アメリカにおける住宅ローンの焦げ付き問題が、高度に発達した「証券化」という金融技術によって、そのリスクが不可視となり、その証券が全世界にばらまかれたことで、世界同時株安などのグローバルな問題を引き起こしている。サブプライムローンを材料とした「腐ったスープ」が、全世界で「食中毒」を引き起こしているのである。
 各国の中央銀行は、緊急資金供給や政策金利の引き下げなどの対応をとっているが、それらはあくまで症状の緩和であり、「腐ったスープ」を取り除くものではない。この問題がさらに深刻化すれば、世界同時不況という「大病」につながる恐れもあるだけに、その動向には最大限の注意が必要なのである。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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