imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

政治・経済

原油100ドル時代が招く本当の「石油危機」

経済にも環境にも災いとなる奇妙な仕組み

石井彰(石油天然ガス・金属鉱物資源機構首席エコノミスト)

 2008年1月、原油価格はついに1バレル100ドルを突破した。経済も家計も悲鳴を上げているが、本当の危機はむしろこの先にある。

金融商品化が生んだ原油100ドル時代

 2008年1月2日、世界の原油価格指標であるWTIの先物価格が、史上初めて1バレル100ドルを超えた。2007年末から原油の需給バランスが世界的に大きく緩んできているにもかかわらず、サブプライムローン破綻の波及効果で、株・債券などの金融商品を嫌ったホットマネーが、原油を中心とする商品市場に大量に逃げ込んできたからである。
 昨今の原油価格高騰は、04年の夏頃から始まったが、その原因は中国をはじめとする発展途上国の需要急増による原油需給のひっ迫であるというのが、つい最近までのマスメディアや世の中全般の認識であった。 
 筆者は05年から、中国の石油輸入量が前年より大幅に減少しているにもかかわらず、原油価格は大幅な高騰を続けているのだから、その認識はおかしいと指摘し、中国の需要増によって実際に需給のひっ迫が起きているのではなく、そのようなストーリーをあおり立てての石油先物の金融商品化という、石油の歴史始まって以来の事態が発生しているのだ、と唱えてきた。
 しかも、その主因はいわゆるヘッジファンドなどのプロの投機家ではなく、世界的な金余りを背景に、年金基金や零細な個人資金を束ねた新手の商品ファンドが05年頃から急成長して、大量の長期買いポジションをWTI先物市場で取るようになったという事態にあると主張してきた。
 最近ではようやく、1バレルが100ドルを越えた原因を主として中国の需要急増に求めるような、ナイーブな解説は下火になってきた。今や、ことは原油先物だけではなく、金属、穀物など、あらゆる先物商品に及んでいる。程度の差こそあれ、商品バブルの発生という認識は、世の中のコンセンサスに近いものとなった。

忍び寄る「本当の石油危機」

 しかし、原油市場を巡る事態は、その後さらに変容、進化を続けており、バブルがバブルでなくなる由々しき事態が生じつつある。ひょうたんから出た駒ならぬ、バブルから出た本物の原油需給ひっ迫の危険が生じているのである。
 ひとつには、4年近くにわたる価格高騰によって、産油国がにわかに強気になり、国際石油会社などによる新規の油田開発や増産が一気に進まなくなりつつあるためで、もうひとつは、石油輸出収入の激増によって好景気に沸く中東諸国やロシアなどで、石油需要が急増しているためである。
 なぜ価格が高騰すると新規油田開発投資や増産が進まなくなるのだろうか。石油には、通常の物資と異なり、すでに発見済みの埋蔵量の約8割を、各国の国営石油会社が管理支配しているという特殊条件がある。また、産油国は石油しか輸出できるモノがない資源モノカルチャーの国が多い。そうすると、価格が一定以上に高騰すれば、当面の必要国庫収入は確保できてしまうので、途端に増産インセンティブをなくして資源温存に走ってしまう。さらに国際石油会社を追い出して、効率の劣る国営石油会社に油田事業を行わせようという資源ナショナリズムが高まる。この結果、世界的にかえって増産が進まなくなってしまうのである。
 もうひとつの、石油価格が高騰すると産油国でかえって需要が増えるという奇妙な現象は、ほとんどの産油国が、国内のガソリン価格を国際価格の数分の一といった驚くべき低水準に規制しているために発生する。消費者価格が変わらない一方で所得が急増すれば、ガソリン需要が爆発的に増加するのは道理である。中国などの輸入国でも、中東ほどではないが国内石油製品価格は低く規制されているので、原油価格が急騰してもなかなか需要増ペースが落ちない。
 もちろん、価格規制をしていない日本を含む先進消費国の石油消費はここ数年大きく落ちてきているが、中東、ロシアや中国の需要が伸びているので、世界全体の需要は依然漸増している。

原油高騰と地球環境の奇妙な関係

 こうして中期的には、バブルが現実の需給ひっ迫を引き起こすことになりかねないという、いわば「予言の自己実現」的メカニズムが、すでに動き出してしまっているのである。さらにそれを予想して原油先物市場に商品ファンドの長期投資資金が流入するという悪循環も始まっており、原油価格が長期にわたって高止まりする可能性が高まっている。実体経済が、サブプライムローン問題を契機とした金融危機により世界的によほどのダメージを受けない限り、この危険は続く。
 日本経済にとっても一般消費者にとっても由々しき事態だが、一部の環境保護派の人たちは、原油価格高騰によって化石燃料消費が減ることを、むしろ歓迎しているかもしれない。しかし、原油高騰で環境負荷軽減という理解は、浅知恵と言わざるを得ない。
 なぜなら昨今、天然ガスの需要が世界的に減少し、その分が石炭に置き換えられてきているからである。天然ガスは、熱量単位当たりで石炭の半分しかCO2を排出せず、また他の汚染物質も圧倒的に少ない。しかしその価格は世界的に原油価格に連動しているため、原油とともに価格が高騰している。ところが石炭価格は石油価格に連動していないので、もともと安い石炭が、ますます石油・天然ガスに対する価格競争力を増しているのである。
 世の中の仕組みはなかなか複雑で、単純な理解やシナリオを受けつけないのである。

著者情報

石油天然ガス・金属鉱物資源機構首席エコノミスト

石井彰

いしい あきら

1950年生まれ。上智大学卒。日本経済新聞記者、ハーバード大学国際問題研究所客員研究員、石油公団企画調査部長などを経て現職。著書に『世界を動かす石油戦略』(共著)、『石油もう一つの危機』など。

関連記事