アジア成長トライアングルの軌跡
朽木昭文(日本大学生物資源科学部教授)
アジアの経済成長地域を見渡すと、中国、ASEAN(アセアン 東南アジア諸国連合)、インド各地域を結ぶ三角形になる。このトライアングルで、どんな事態が進行しているのかをみてみよう。
中国の自動車集積地、広州
「自動車は広州にあり」。かつて「食は広州にあり」といわれた広州も、今は様相が異なる。
香港の隣、広東省の省都広州は、1979年の改革開放政策以降、中国の成長のシンボルとされてきた。当初の成長モデルは、材料と機械を日本から持ち込み、材料を製品にして輸出する、委託加工方式が主流だった。
しかし、21世紀、国内市場が急拡大するとともに、新たなビジネスモデルが台頭する。現地で生産した部品を組み立てて製品を作り、国内で売るスタイルである。広州は国内向け自動車生産に注力し、関連産業も集積した。現在、華南経済の中心の一つに発展した広州には、ホンダ、日産、トヨタが生産拠点を構える。日本の自動車企業3社が、一つの市で操業する場所は、世界でもここ1カ所しかない。広州市に進出した日本企業は2006年には400社を超えた。
中国リスクからの回避がベトナム発展へ
ベトナムの発展は、1986年のドイモイ運動(刷新運動)から始まった。しかし、急速な成長を遂げるのは、2005年からのこと。
そのきっかけは中国リスクの顕在化だった。SARS騒動や反日運動の激化は、進出企業に中国が内在するリスクを強く意識させた。また、中国での労働賃金が、04年前後から地域によって上昇し始めたことも大きな要素となった。これまでは、農村から流入し続ける豊富な労働力を背景に労働力の過剰が続き、中国では賃金は安定したまま上がらないと思われていた。しかし、一部地域では農村の余剰労働力が消え、労働力不足になった。これからは、工業の拡大とともに賃金は上昇する。
アジア投資を考える企業は、中国に代わる地域を探し始め、ベトナムが注目されることになった。
投資拡大、集積する産業
日系企業では、ベトナム北部最大の港湾をもつ都市ハイフォンとハノイを結ぶ線上に、キヤノンの関連企業が集積している。ベトナムでキヤノンに部品を提供する会社は、2006年には100社を超えた。また、ブラザーやパナソニックなども集まり、電子産業が集積している。さらに、ハノイにある住友商事のタンロン工業団地、ハイフォンの野村證券の野村ハイフォン工業団地など、日系資本による工業団地も続々と造られている。
日本に限らず、07年からは、アジア各国のベトナム投資も拡大し、産業集積が急速に進んでいる。台湾企業は、情報技術製造業が北部に集積を始め、韓国企業も、07年には日本企業のペースを上回る勢いで投資を開始した。シンガポールの政府系工業団地開発会社セムコープ・パークは、ハノイ近郊に2カ所の大型工業団地の開発を発表している。
インドの高度成長
長らく経済停滞が続いた国、インド。1992年の自由化政策以降、成長への胎動はあったものの、本格的な成長は2004年ごろから始まった。中国の積極的な外資導入による高度成長を目の当たりにして、21世紀に入ると中国式の経済特区を導入、自由化による外資導入を図った結果が見え始めたのだ。
インドでは、ここ数年にかつてない変化が起こっている。デリー・ムンバイ産業大動脈構想の推進がそれだ。工業団地と物流基地、港湾を開発整備し、さらに高速貨物網を建設することで、点の発展ではなく、点同士をつなぐ線、さらには面としての発展を意図するプロジェクトである。ホンダが工場建設を決め、多くの関連企業も投資を実施する。政府は、続いて、ムンバイ・チェンナイ産業大動脈プロジェクトも開始する。
拠点を結ぶ線が現実化
21世紀に入り、アジア各地の拠点で産業が集積するなかで、ときに国境を越えて拠点と拠点が結びつき、線となる。この「点」から「線」への動きが、それを支えるインフラの整備とともに具体化している。
冒頭の広東省広州市では、06年7月に広州市から南寧を経由、ベトナム国境まで総延長距離800kmを結ぶ高速陸上輸送路が完成した。中越国境からハノイまでの距離はわずか180kmで、華南経済圏と北部ベトナム、二つの産業集積地が高速道路で結ばれた。さらに、民間企業による物流網の整備も進行しており、これにより、中国通貨の元が影響力をもつ元経済圏が、南に広がる結果も生んでいる。
ベトナムからメコン、インドへ
ベトナムの産業集積は、拡大メコン地域経済協力プログラムの進行とともに、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム4カ国、いわゆるCLMV諸国の発展を促しつつある
。
プログラムは道路や通信を軸に域内の貿易・投資を拡大させる経済構想で、その一つ、ベトナムからミャンマーをつなぐ道路網の東西経済回廊は、06年12月に開通した。回廊の完成で、外資がラオス、カンボジアに流入、ASEANでは開発の遅れた両国に産業集積の期待が高まっている。また、東西経済回廊は、ASEAN域内有数の産業集積に成長したタイの自動車産業と、ハノイ、広州を短時間で結ぶため、産業集積同士が連なるという意味での経済回廊に発展する可能性を秘めている。
インドも、国内の経済回廊の推進とともに、ASEANとの関係強化に積極的で、03年10月にはASEANとの包括的協力枠組み協定やタイとの自由貿易地域創設枠組み協定に署名、関係は緊密化しつつある。また、中国は最大の貿易相手国で、貿易額も急伸している。
やがて一つのアジアへ
「アジア成長トライアングル」内で、相互に結びつきを強める多くの産業集積。複数の産業集積を結ぶ線は、回廊へと姿を変え、成長が加速する。
確固たる経済回廊になるための課題は、つながった線を有効に活用するためのロジスティクス、流通網の整備である。物流が整備されることによって、「アジア成長トライアングル」は、たとえれば血液が流れるようになり、一つの地域として経済的に統合されることになるだろう。
著者情報
日本大学生物資源科学部教授
朽木昭文
くちき あきふみ
1949年生まれ。京都大学卒。同大学農学博士。ジェトロ・アジア経済研究所、ペンシルベニア大学客員研究員、国際協力銀行、世界銀行出向を経て現職。共編著書に『アジアの開発と地域統合』(2015年、日本評論社)等。