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もう原発の時代じゃないという世界の潮流

原発から撤退する国々としがみつく日本

満田夏花(国際環境NGO FoE Japan理事、事務局長。原子力市民委員会座長代理)

 ドイツでは、1986年のチェルノブイリ原発事故でドイツでも深刻な汚染が報告されてから、原発への反対の気運が高まった。さまざまな紆余曲折を経て、緑の党と社会民主党の連立によるシュレーダー政権のもとで、2002年、脱原発に向けて「原子力法」が改正された。原発の新設禁止および既存原発の運転期間を32年とし、年数に達した原発から順次運転停止して2022年には原発を全廃するとしたのだ。
 しかし、2009年の第二次メルケル政権は、電力業界の要請を受け入れ、それまで32年とされていた原発の稼働期間を最長でさらに14年延長することを決定。2010年12月「原子力法」を再度改正した。
 2011年3月の東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故のあと、ドイツでは連日、福島第一原発事故に関する報道がなされた。各地で大規模なデモが開催され、脱原発の民意が高まった。メルケル首相の動きはすばやかった。3カ月にわたる「原子力モラトリアム」を決め、原子炉安全委員会に当時17基あったすべての原子炉の安全点検を命じた。
 さらにメルケル首相は、「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を立ち上げた。委員会は同年4 月4 日から5 月28 日の2カ月足らずの短い間に議論を重ね、広範な関係者からヒアリングを行い、市民との対話集会をし、報告書をまとめ、メルケル首相に提出した。
 報告書では「脱原発は、リスクのより少ない代替手段があるので可能」とし、脱原発をエネルギー転換と技術革新によるドイツの発展のチャンスととらえ、原子力エネルギーから迅速に撤退することを提言している。
 これを踏まえ、メルケル首相は、6月6日「2022 年までに現在 17 基ある原発を全廃して、代替エネルギーに転換する」という閣議決定を行った。7月、「原子力法」はこれに沿ってさらに改正された。物理学者でもあるメルケル首相は、福島第一原発事故の映像をみて、「自分の原子力についての考え方が楽観的すぎたことを悟った」と告白した(ポリタス「脱原子力を選択したドイツの現状と課題」熊谷徹、2015年6月22日)。
 2011年、ドイツは速やかに脱原発への舵をきったようにみえるが、そこに至るまでには、チェルノブイリ原発事故後の深刻な影響、核廃棄物の処分場建設をめぐる反対運動の高まり、核技術への不信感、緑の党の結党と躍進、再生可能エネルギーへの着実な投資といった、脱原発に向けた大きな流れが存在していた。メルケル首相は現実的な政治家として、倫理委員会の立ち上げと再度の脱原発の決定により、それを具体化した。

福島第一原発事故後の日本の状況

 日本では、福島第一原発事故後、脱原発の世論が高まった。2012年、関西電力大飯原発の再稼働を巡っては、それに反対する何万人もの人々が首相官邸前で声をあげた。
 2011年6月、当時の民主党政権のもとでエネルギー・環境会議が発足し、2012年の夏、エネルギーと環境に関する選択肢を巡る国民的議論が行われた。「エネルギー・環境に関する選択肢」として、ゼロシナリオ(脱原発)、15シナリオ(原発15%維持)、20-25シナリオ(同20-25%維持)の三つが掲げられ、2カ月にわたり、全国11カ所での意見聴取会、討論型世論調査、パブリック・コメント、報道機関による世論調査などを踏まえた検証が行われた。パブリック・コメントには約8万9000件の意見が寄せられ、うち、原発ゼロを目指すべきという意見が87%(即時ゼロ78%)という結果であった。
 検証委員会は、「少なくとも過半の国民は、原発に依存しない社会にしたいという方向性を共有している」「パブコメなど多くの国民が直接行動を起こしている」「毎週再稼働反対のデモが行われている背景には、政府に対する不信と原発への不安が大きい」(「戦略策定に向けて ~国民的議論が指し示すもの~」2012 年9月4日 第13回エネルギー・環境会議)と結論づけ、これを受け政府は、9月14日、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」とする「革新的エネルギー・環境戦略」を決定した。

 しかし、この結論は、2012年12月の自由民主党の第2次安倍政権発足後、白紙撤回された。2013年3月、民主党政権下に設置されていた委員会が廃止され、旧来の形式の審議会が復活し、「エネルギー基本計画」改定に向けての議論が行われた。このプロセスでは、形式的なパブリック・コメントが行われたが、公聴会は行われず、2014年4月に閣議決定された。
 内容としては、「原発依存度の低減」を謳いながらも、原子力を重要なベース電源として位置づけ、「原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼動を進める」としている。また、実際には事故やトラブル続きの核燃料サイクルを引き続き着実に推進するとし、「エネルギー産業の国際展開の強化」「技術やノウハウの共有」「世界のエネルギー供給事業への積極的参画」などをあげ、原発輸出の推進も盛り込まれた(エネルギー基本計画2014)。1万7665件よせられたパブリック・コメントの9割以上は脱原発を望むものであったが、これらは無視されてしまった(朝日新聞2014年5月25日)。
 その後2015年7月に策定された「長期エネルギー需給見通し」においては、2030年の電源構成として、原子力20~22%を掲げた。これは廃炉が決まっているものをのぞくすべての原発(43基)を動かし、40年の運転期限を超えた老朽原発をも動かして、かろうじて達成できるという数字であり、脱原発の民意(日経新聞世論調査「再稼働を進めるべきではない」60%、「進めるべきだ」26%、日経新聞2016年2月29日)から乖離しているだけではなく、現実的でもない。

原発輸出にシフトする日本だが?

 原発輸出については、2012年12月の安倍政権発足後も、首相自らによるトップセールスが繰り返されている。不透明なプロセスで税金を日本原子力発電株式会社(日本原電)につぎ込み、ベトナムやトルコで、原発建設のための事前調査に協力してきた。
 2016年には日印原子力協定が締結されたが、核不拡散条約にも包括的核実験禁止条約にも加盟していないインドとの協定締結は、核不拡散という点からいっても大きな懸念が残るものとなった。
 さらに2016年12月には、日英両政府で、原発建設における包括的な協力について覚書を締結した。覚書では、日立製作所および東芝がイギリスで行う原発建設について言及している。日本政府は、これらの事業について国際協力銀行(JBIC)や日本政策投資銀行を通じて、総額1兆円もの投融資を行う方針を示した。

 国内における原発の再稼働についても、海外への原発輸出についても、政府は強引に進めようとしているが、実は、思うようにいっていないという現実がある。
2017年11月現在、実際に動いている原発は九州電力川内原発1、2号機、関西電力高浜原発3、4号機にとどまる。四国電力伊方原発3号機については再稼働したが、2017年12月13日に広島高裁が運転差し止めを認める決定を行った。
 原発輸出に関しては、有望であったリトアニアは日立が原発1基を受注したが、2012年に住民投票で原発建設が否決されたのち、2016年の選挙で、反原子力政策の「農民・グリーン同盟」が第1党となり、原発計画は凍結された。前述のとおり、ベトナムは原発導入を撤回した。トルコは三菱重工業などの企業連合が原発4基を受注したが、反対運動に加え、政情不安、テロや地震リスクなどが指摘される。現在、有望視されているのは前述したイギリスだ。しかし、何よりも東芝のアメリカ子会社のウェスチングハウス・エレクトリック(WH)の経営破綻に伴い、東芝が原発事業から撤退したことが如実に示すように、原発は経済的にもきわめてリスクの高い事業になってきている。

 事故の危険性、何世代にもわたり管理が必要な核廃棄物の問題、核兵器への転用問題、被ばく労働に見られるような非倫理性など、原発のもつ問題点は、解決不可能なものが多い。現在、政府や既存の電力会社は原発の生き残りのために多くの政策コストを費やしているが、それは未来に向けた投資とはならない。まずは、福島第一原発事故の収束と被害者の救済を着実に行い、さらに、次世代を見据え、小規模分散型で市民参加型の再生可能エネルギーや省エネ技術など持続可能なエネルギー社会構築のために、限りある公的資源を集中させるべきである。
 日本も「勇気ある決断」を行う時期にきている。

著者情報

国際環境NGO FoE Japan理事、事務局長。原子力市民委員会座長代理

満田夏花

みつた かんな

FoE Japanにて脱原発と福島支援、開発金融と環境を担当。一般財団法人地球・人間環境フォーラム主任研究員を経て2009年よりFoE Japanに。3.11東日本大震災以降は、脱原発・持続可能なエネルギー政策の実現に向けた各種活動に従事。http://www.foejapan.org/(外部サイトに接続します)

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