日本はなぜ国際捕鯨委員会から脱退したのか
佐々木 そうなんです。あとIWC脱退の件もそうですが、情報の発信地の問題もあります。マスコミの情報発信は、ほとんどが東京からです。だから東京の人のビジョンが日本人のビジョンになってしまう。東京の人、特に若い人はどちらかというとグローバルに目が向いているから「俺もクジラ食べないし、もうやめてもいいじゃないか」となるわけです。先日、長崎と福岡へ行ってきましたが、日常的にクジラを食べる人がまだたくさんいました。日本国内でも、特に西の方へ行くとクジラに親しんでいる人が多いわけです。食べる人が少ないし、捕鯨している地域はもうわずかしか残っていないから、もうやめてもよいというのも違うのかなと思います。
森下 東京以外から見た捕鯨問題、あるいは東京以外の自治体が何を考えているかというのは、大事なポイントだと思います。国際的な議論の中に地方自治体が入ってくるということに違和感を覚える人がいるかもしれませんが、捕鯨は地方とは切り離せない国際問題であるという特徴があります。だから日本政府や自民党の問題だけで片づけようとすると、見落とすものがありますね。
佐々木 アメリカとかロシアとかデンマークは、自国内で抱える「先住民生存捕鯨」をしている人たちの生活と権利と、長く続いてきた慣習を守るのが政府の義務であると主張するわけです。それならば、日本の太地町のような町の捕鯨も、それらと変わらないんじゃないかなと思います。
森下 反捕鯨の立場であっても、先住民捕鯨には自分たちは反対しないと言っている国やNGOはたくさんいます。彼らがそう考える根底には、「先住民は遅れた野蛮な人たちでほかに食べるものがないから特別に許してやる」というメンタリティがあります。
一方、日本に対しては、鯨肉がなくなっても困らないし、生存のためではないじゃないかという話になるわけです。「日本人は野蛮じゃないはずだろう。だから捕鯨はやめるべきだ」という反捕鯨側の意識が見え隠れしている。
佐々木 捕鯨やイルカ漁の話になると、必ず「野蛮」という言葉がくっついてきます。その背景には、「動物の福祉」や「動物の権利」という、動物に対する残虐な扱いを禁じる考え方が近年欧米で広まっていることがあると思います。そうなると、感情と主観をベースにした倫理的な問題となり、科学では議論ができなくなってしまいますよね。
森下 それは、クジラやゾウ、トラなどの大型動物を巡る、いわゆる「カリスマ動物」の問題でもありますね。「カリスマ動物」は、マーケティングなどを元にして、意図的に作り上げることができます。例えば、少年とシャチの友情を描いた『フリー・ウィリー』という映画が1993年に公開されました。あの映画以前は、シャチというのはとても怖い生き物というイメージでしたが、映画で商品化され、成功したことによって、イメージが全く変わってしまった。
またイギリスの小学生に「ライオンやトラ、ゾウはどういうイメージか」と聞いたら、「きれい」「かわいい」という言葉が出てきます。一方、同じ質問をアフリカのタンザニアの子どもに聞いたら「おそろしい」「近づくべきじゃない」という言葉が返ってきます。だから、国が変わって住んでいる状況が変われば、動物に対するイメージは全然違うわけです。
佐々木 結局、西側世界の動物観というか、それが押しつけられるかたちになっているわけですよね。
森下 彼らは自分の価値観を押しつけているという意識さえないかもしれません。
佐々木 映画『おクジラさま』の中で、シー・シェパードのアメリカ人活動家が、太地町のような日本の田舎町にズカズカと乗り込んで行って漁師の目の前にカメラを突きつけて、「恥を知れ」と叫ぶというシーンがあります。アメリカでこの映画を上映したとき、「クジラやイルカは大事だし、殺してほしくない」という気持ちは変わらないけれども、「アメリカ人にこんなことを言う権利はない」と反省したという人もいました。アメリカ人も、情報さえ十分にあれば公平に考えてくれる、ということがよくわかりました。
私は捕鯨問題で対立する構図があるとしたら「日本対欧米の反捕鯨国」ではなくて、「グローバル対ローカル」の価値観の衝突ではないかと、映画や書籍『おクジラさま』の中で伝えてきました。そういう視点で見ると、似たような問題は世界中で起きていて、捕鯨だけではなく、グローバルスタンダードが強引なかたちで、隅々まで押し寄せているように思います。
森下 そうですね。捕鯨問題は環境問題の象徴とよく言われますが、違うものも多く象徴しています。大事なのは、IWC脱退は決してゴールではないということです。脱退を経て捕鯨問題がなくなるのではなくて、フェーズが変わるだけなんです。ですから、このあとどうするかというビジョンがとても大事になると思います。
私は、脱退後も日本はオブザーバーとして胸を張ってIWCに参加するべきだと言っています。それは商業捕鯨以外の問題について、今後も訴え続けないといけないと思うからです。人類はクジラを含む様々な生物を資源として利用してきて、これからも利用していくでしょう。もちろんその生物資源を枯渇させないように持続可能な形で利用していかなければいけません。しかし、特定の価値観や感情で、この生物は利用していい、いけないと他の国や民族に押し付けてはだめです。グローバリズムとか、世界の世論の名の下で環境帝国主義や環境植民地主義がはびこることには抵抗しなければなりません。これは地産地消、環境保全にもつながる考え方です。
佐々木 IWCを脱退しても、日本に発言権はあるのでしょうか。
森下 どこの国際機関でも非加盟国が発言する権利はあるし、文書を出してもいいんです。例えばアメリカは、国連海洋法条約のメンバーでもないし、生物多様性条約のメンバーでもないですよね。にもかかわらず、アメリカは大きな代表団を送っていちばん大きな顔をしていろいろ議論したりする。私としては今後も日本は会議に参加して、今までと変わらず他の持続的利用支持国を毎日集めて議論するべきだと思います。私もまだ行く気満々です(笑)。
佐々木 ぜひ森下さんには、これからも日本語だけでなく、英語でぜひ発信して、主張し続けていただきたいですね。
※2019年2月21日、東京・品川で、映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』上映会と森下丈二さんと佐々木芽生さんの対談イベントが開催されます。
佐々木芽生著『おクジラさま ふたつの正義の物語』(集英社、2017年)
著者情報
東京海洋大学教授
森下丈二
もりした じょうじ
1957年、大阪府生まれ。京都大学農学部水産学科卒業。米国ハーバード大学大学院卒業(公共政策学修士)。農学博士(京都大学)。1982年に農林水産省入省。国連環境開発会議(地球サミット)、ワシントン条約会議など、海洋生物資源の保存管理の観点から一連の環境問題について担当。1993年より在米国日本大使館一等書記官。捕鯨問題、大西洋マグロ保存国際委員会を中心に日米漁業交渉を担当。帰国後水産庁に復帰し、1996年より国際課にてミナミマグロ問題などを担当。1999年より遠洋課捕鯨班長として、国際捕鯨委員会(IWC)の日本代表団の一員として活躍。2008年より水産庁参事官。2013年より水産総合研究センター国際水産資源研究所所長を経て2016年4月より東京海洋大学教授。
著書・論文には、「Whaling in the Antarctic – Significance and Implications of the ICJ Judgement」共著、BRILL NIJHOFF, 238 -267 (2015)、The truth about the commercial whaling moratorium 単著、Senri Ethnological Studies, 83, 337-353 (2013)、「捕鯨の文化人類学」共著、成山堂書店, 283-301 (2012)、「水産の21世紀-海から拓く食料自給」共著、京都大学学術出版会, 51-76 (2010)、What is the ecosystem approach for fisheries management? 単著、Marine Policy, 32, 19-26 (2008)、 Multiple analysis of the whaling issue: Understanding the dispute by a matrix 単著、Marine Policy, 30, 802-808 (2006)、「なぜクジラは座礁するのか? 「反捕鯨」の悲劇」単著、河出書房新社, 238p (2002)など。
国際捕鯨委員会、南極海洋生物資源保存委員会(CCAMLR)、北極公海漁業協議日本政府代表。北太平洋漁業委員会(NPFC)科学委員会議長、国際捕鯨委員会(IWC)前議長。
映画監督・プロデューサー
佐々木芽生
ささき めぐみ
北海道札幌市生まれ。1987年よりニューヨーク在住。フリーのジャーナリストを経て、1992年よりNHKアメリカ総局勤務。『おはよう日本』にてニューヨーク経済情報キャスター、世界各国から身近な話題を伝える『ワールド・ナウ』NY担当レポーター。その後独立して、NHKスペシャル、クローズアップ現代、TBS報道特集など、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。2008年、ささやかな収入で世界屈指のアートコレクションを築いたNYの公務員夫妻を描く、初の監督作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を完成。世界30を超える映画祭に正式招待され、米シルバードックスドキュメンタリー映画祭、ハンプトン国際映画祭などで、最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞。NY、東京でロング・ランを記録した他、全米60都市、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどで公開される。2013年、続編にあたる『ハーブ&ドロシー2 ふたりからの贈りもの』を発表。1作目とともに、現在も世界各国の劇場、美術館、アートフェアで上映が続いている。2014年、NHK WORLDにて、日本の美術を紹介する英語番組ART TIME-TRAVELERナビゲーター。2016年、3作目にあたる長編ドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成。本作は2015年TOKYO DOCSにて最優秀企画賞受賞、2016年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待された他、ロードアイランド国際映画祭、トロント・リールアジアン国際映画祭で最優秀作品賞受賞。日本では、2017年に全国で劇場公開された。同年8月、初めての書き下ろしノンフィクション作品『おクジラさま ふたつの正義の物語』(集英社)が出版され、科学ジャーナリスト賞2018受賞。