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原発処理水の海洋放出 対話なき決定と福島で聞く現場の声

木田修作(テレビユー福島記者)

「風評被害を含め損害を被るのは、一次産業がクローズアップされますけど、二次、三次産業すべての業種に対して損害賠償が発生します。これを処理水の処分が終了するまでの全期間にわたって、速やかに実行できるよう、政府には、因果関係の立証やその支援を担うと同時に、東電に手続きの簡素化と迅速な賠償の実行を指導して頂きたい」

 原発事故後、県旅連の賠償を取り仕切った小井戸は、釘を刺さなくてはならないだけの理由があった。

 福島の旅館の多くは、事故直後に原発作業員を受け入れ、その後は避難者を受け入れた。そして、避難者が宿を去ると、売り上げは急落した。だが、一度離れた観光客は戻らない。

「普通の旅館なら『いらっしゃいませ』だったのが、『行ってらっしゃい』になっていた。旅館としてのサービスの質は落ちました。部屋も畳も荒れました。従業員も再教育して、建物も直して。そういう中で組合として、東電と損害賠償の交渉をやってきたんです」

 状況が大きく変わったのは2015年。東電は直近の年間逸失利益の2年分の損害を商工業者に対して一括して先払いし、その後は「個別に対応する」方針を打ち出した。これによって、県旅連が窓口になる枠組みは終了し、それぞれの旅館やホテルが個別に対応することになった。

「努力しても客が戻ってこない。スキー場で外国人観光客をメインにしたところや、海水浴や海産物を売りにしていたところとかね。それまでは団体で、書類出せばすぐ賠償されてきたのが、東電の担当者が個別に宿に来て、情報や決算書の提出を求められるようになった。小さな宿はなかなか対応できない。ADR(裁判外紛争解決手続)にしても、ADRセンターの言うことを東電は最近聞かない。ですから、個別の交渉というのはとても怖い」

夕暮れの小名浜の町。撮影:木田修作

損害とは何かを考え直す時期

 福島の観光客は震災前の98.5%まで回復したが、今度は新型コロナウイルス感染症で苦境に立つ。処理水の問題が、どれほどの打撃となるのか想像もつかない。しかし、いまのままでは、損害が発生しても、不十分な賠償しかされない可能性が高い。

 原発事故の賠償問題に取り組んできた平岡路子弁護士は「いままでの賠償の枠組みを見直す必要がある」と話す。

「損害が何なのかを捉え直す時期に来ていると思います。賠償を交渉する現場では、東電は『原発事故当時の(地元の旅館などの)企業価値を上回る賠償をすでにしているので、さらに賠償すべき損害はない』などと主張することが増えてきました。しかし、いまの枠組みはこれほど企業価値が棄損され続けることを想定したものになっていません。海洋放出の際も、賠償という枠組みでは償い切れないのではないかと思います」

 交通事故ならば、事故が発生したことによる損害は一時的なものとして算出ができるかもしれない。だが、今後30年にわたって続く海洋放出で棄損された価値を、一時的なものとして考えることは、実態と大きく異なる。そしてそれを個別に立証するとなると、ハードルはさらに高くなる。

「東京で考えられている理屈と、福島の現場で起こっている被害が乖離してきています。実際の被害と見合わない程度の額しか賠償されず、しかも個別に立証せよとなれば、倒産や廃業が増えることは明らかです」

 東電はそれをすでに見透かしているようにも見える。「賠償の貫徹」を謳う一方で、東電は放出後に風評被害が起きた場合の対応について「個別の事情を丁寧にお伺いし、対応する」としている。このままでは、処理水放出に伴う被害者は、その被害を埋め合わせることすらできない。

 もとより、福島県内は「賠償をどうするか」という段階にも及んでいない。2021年4月末には、JA福島中央会、福島県漁連、福島県森林組合連合会に加え、福島県生協連の4者が「県内全ての産業の復興が阻害されず、進展できるという確信が持てる状況になるまで海洋放出は容認できない」とする共同声明を出した。
 
 一方で、関係閣僚は次々と福島県入りし、放出に向けた準備を着々と進める。海洋の監視強化、風評対策と正確な情報発信……。繰り返された言葉が踊る。対話のないままに、強行された海洋放出という決定。顧みなかった地元に、これから理解を求めるのであれば、2年という時間は、あまりにも短いように思う。

(敬称略)

著者情報

テレビユー福島記者

木田修作

きだ しゅうさく

1985年、青森県生まれ。2010年に早稲田大学第一文学部卒業後、TBSテレビ報道局で政治部、社会部の記者を務める。2015年に退社後、福島県いわき市に移住。2018年から現職。2017年にノンフィクション『熱源〜いわき市民ギャラリーとその時代』で第40回吉野せい賞準賞、2020年に「自主避難者の住宅提供打ち切りをめぐる国の関与を明らかにするスクープ等」で第8回日隅一雄・情報流通促進賞特別賞を受賞。

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