現実となった気候危機に日本はどう対応すべきか ゴールドマン環境賞を受賞した平田仁子さんに聞く
平田仁子(「気候ネットワーク」国際ディレクター・理事)
(構成・文/志葉玲)
世界平均気温の上昇を1.5度までに抑え込み、気候危機の破局的な影響を食い止めるためには、2030年までに世界全体の温室効果ガスを半減させなくてはなりません。それを実現するには、先進国は2030年までに50%以上の削減が必要です。
ところが、今回のエネ基では、2030年に日本の温室効果ガス排出を46%削減するという目標にとどまっていて、目標設定が不十分です。さらに真っ先に停止するべき石炭火力が2030年時点でも、電源構成の中で19%も占めることになっており、石炭・LNG・石油などの化石燃料を用いた火力発電の割合は、41%程度とされています。しかも、2019年時点で6%にすぎない原発の割合を2030年では20~22%程度にするとしています。これは、すでに老朽化したものを含めて現在ある原発をすべて再稼働し、それぞれ福島第一原発事故以前を上回る稼働率でフル稼働させるという非現実的な計画なのです。原発でまかなえなかった電力は火力で補うことにもなりかねません。「2030年に46%削減」という目標すら実現できないかもしれません。
同様にエネ基では、太陽光や風力といった再生可能エネルギー(以下、再エネ)は、2030年に36~38%程度とされていますが、その割合はもっと引き上げるべきだと思います。世界的に見ると、再エネは、新規導入のスピードが速い。IRENA(国際再生可能エネルギー機関)の発表によれば、昨年1年間に世界全体で新規導入された再エネは、発電容量で261基の原発分(=261ギガワット)です。導入コストから考えても、再エネは、すでに多くの国々で最も安価なエネルギー源として競争力を持つようになってきているので、日本でももっと活用していくべきでしょう。
――昨年10月に菅政権が温室効果ガス排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を2050年に実現するとの目標を打ち出しましたが、実際は、化石燃料と原発への依存から抜け切れていないのですね。
私が特に問題だと思うのは、エネ基案では、石炭火力やLNG火力関連事業のイノベーションとしての水素やアンモニア利用や、JOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)を通じた石炭・LNG資源開発事業に資金面から支援を行うとしていることですね。
ここ数年、気候危機の観点から、石炭やLNG、石油といった化石燃料関連の事業から資金を引き上げる「ダイベストメント」という動きが世界の金融の中で広がってきています。IEA(国際エネルギー機関)も、世界平均気温の上昇を1.5度以内に抑え込む目標の実現のためには、今後、化石燃料への投資は行うべきではないとしています。日本政府は税金を投入してまで、ビジネスとして成り立たず民間が手を引き始めている化石燃料関連事業を継続しようとしているのです。納税者である私たちは、もっと怒った方がいいのではないでしょうか。
――経済合理性すらない化石燃料依存を日本はやめられない。深刻ですね。
化石燃料からの脱却という世界的な潮流の中で、経営戦略を見直せない日本企業にも問題があります。
とあるエネルギー関連企業では、商社などが石炭事業から撤退し、国内でも石炭火力利用が疑問視され始めている中、本来であれば、閉鎖するべき老朽石炭火力発電施設を、政府と足並みをそろえて、維持し続けようとしています。政府は、石炭や天然ガスから水素やアンモニアを製造し、新たなエネルギー源として活用する政策を推進しているのですが、水素やアンモニアをつくる過程でCO2が出てしまいます。そのため、CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)といって、CO2を回収して地中に貯留したり再利用したりしようとしています。それには莫大なコストがかかるのです。国内には、CO2を貯留する場所はほとんどないと考えられますので、海外に運んで貯留してもらうのか、またどのようにCO2を利用することができるのか、などについてはまったく答えが出ていません。結局、無駄にお金がかかるだけでしょう。水素やアンモニアの活用も、石炭やLNGなど化石燃料からではなく、再エネを使ってつくる「グリーン水素」「グリーンアンモニア」ならまだ良いのですが……。
――なぜ、政府も企業も発想を変えられないのでしょう?
鉄、電力、自動車、プラントメーカーといった、いわゆる「重厚長大」の産業が日本経済を支える基幹産業だという前提があり、これらの企業の一心同体の連合体の利益を守ることを優先しているからなのでしょう。再エネを事業の中心にすると、利益構造は変わり、個々の企業はそれで利益を上げるかもしれませんが、これまで自分たちが守ってきた企業連合体としての利益は失うことになる。そのことに抵抗しているのだと思います。
政府の審議会などでも、利益団体やそれに同調する専門家、官僚、政治家たちの毎度同じようなメンバーが、これまでの路線を改めないでエネルギー戦略を議論しているのです。そうこうしている間に、再エネ技術では中国や欧州に負け、電気自動車の普及でも大幅に遅れてしまっている。
エネ基は経産省のものですが、環境省の地球温暖化対策計画案(温対計画)も、「産業界の自主的な取組」「ライフスタイルの転換」という、この間ずっと使われてきた言葉が並んでいて、本来最優先でやるべきエネルギーの転換は、政策の柱の中でも最後の扱い。この構図は1990年代の京都議定書の頃から変わっていません。
米国のバイデン大統領も、元々はそれほど気候危機への対策に熱心ではありませんでした。でも、米国の若者たちが声を上げ、対策を強く求めるようになり、若者たちの声を背景に、バーニー・サンダース上院議員ら気候危機対策に熱心な議員たちの政策を受け入れていった経緯があります。
日本でもやはり、市民が声を上げることが重要だと思います。日本の若者たちは米国や欧州に及ぶほどのスケールで活動しているわけではありませんが、それでも各地で声を上げている若者たちが増えてきています。点と点を結ぶようなかたちで連帯していくことで、大きな力になるのかもしれません。もちろん、大人たちの責任も大きい。これからの10年が本当に大切なので、諦めないで頑張っていきたいと思います。
著者情報
「気候ネットワーク」国際ディレクター・理事
平田仁子
ひらた きみこ
聖心女子大学文学部教育学科卒業、早稲田大学社会科学研究科博士課程修了、博士(社会科学)。出版社勤務後、1996年よりアメリカの環境NGO「Climate Institute」で活動し、1998年よりNPO法人「気候ネットワーク」に参加。CAN Japan代表、千葉商科大学サイエンスアカデミー特別客員准教授も兼務。2021年ゴールドマン環境賞受賞。著書に『気候変動と政治 気候政策統合の到達点と課題」(成文堂)、『原発も温暖化もない未来を創る』(編著、コモンズ)がある。