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日米同盟はいかに沖縄差別を利用してきたか

戦時期から続く沖縄統治の方法

屋良朝博(ジャーナリスト)

 沖縄に対する“占領者の眼”は昔もいまも変わっていない。それがわかる資料が最近発掘された。米海兵隊のオリエンテーション資料で、本国基地からローテーションで沖縄に派遣される隊員に、沖縄の歴史や文化、生活の注意点などを教えるために作成された。

 オリエンテーションのスライドデータなどがイギリス人ジャーナリスト、ジョン・ミッチェル氏の情報公開請求で明らかになった。その中で「沖縄の歴史と政治情勢」のタイトルが付いた資料がある。「沖縄の歴史を学び、日本、米国との関係を理解する」ことによって、「海兵隊と沖縄のより良い関係を見出す」ことを目的に作成された。歴史パートでは12世紀に始まる琉球王朝から、薩摩侵攻、琉球処分、沖縄戦、戦後の米軍支配、本土復帰とその後の経済振興までを一通り概説している。

海兵隊員向けオリエンテーション用スライドデータ「沖縄の歴史と政治情勢」の1枚目。

 注目したいのが、「日本本土との関係性」に関する記述だ。「沖縄の住民は多くが日本人よりも沖縄人を自認し、愛国的な日本人だと認識する人々は少ない」と沖縄人の独自性を説明。そして日本と沖縄の関係性について、「沖縄は1879年に日本に組み込まれて以来、差別を受けてきた。日本人は沖縄のことを遅れた非日本人とみなしている」と書いた。1944年作成の「民事ハンドブック」が米軍の中でまだ沖縄駐留の下敷きになっているかのような認識だ。

 沖縄の基地集中について実に興味深い記述があった。

「日本政府と沖縄県は長年基地をめぐり対立している。政府は米軍基地と部隊を沖縄に置きたがっている(なぜなら本土に代替地を探せないからだ)。日本政府は米軍兵士による事件事故、歴史的な基地の集中を理由に沖縄の負担軽減を求めている」

 この文章から、米軍基地を沖縄にとどめ置きたいのは日本政府であって、米軍ではないという事実が明らかになる。例えば海兵隊の移転先を九州などで用意できれば、部隊は移転可能なのだが、日本人はそれを拒絶する。2012年の米軍再編で海兵隊は1500人を沖縄から山口県岩国基地へ移転させようと日本政府に提案したが、当時の民主党・野田佳彦政権は拒否した。そのような事例は過去にいくつもある。

 冒頭に紹介した安倍首相の答弁の通りだ。安倍政権も普天間飛行場に配備されたオスプレイなどの飛行訓練を佐賀空港に分散移転する方針だったが、地元の反対でその計画は雲散霧消した。政府は沖縄で反対の声をあげても辺野古埋め立てをゴリ押しするが、山口県や佐賀県の反対はなぜ許されるのか。

 野田政権で民間初の防衛大臣となった森本敏(さとし)氏は、離任会見で沖縄の海兵隊についてこう語っている。

「(海兵隊の駐留地は)日本の西半分のどこかに、その3つの機能(陸戦部隊・航空・後方支援)を持っているMAGTF(海兵空陸機動部隊)が完全に機能するような状態であれば、沖縄でなくても良いということだと。これは軍事的に言えばそうなる」(2012年12月25日)

 政府は従来、海兵隊の沖縄駐留は変更不可能な地理的優位性に基づく、と繰り返し説明してきた。沖縄でなくてもいい、という防衛大臣の発言は長年基地問題を取材してきた筆者にとって衝撃的な真実の暴露だった。

 しかし森本大臣は現状を追認する理由をこう説明した。日本に「政治的な許容力、許容できる地域」がない。「政治的に許容できるところが沖縄にしかない」とした上で、「軍事的には沖縄でなくても良いが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である」と語った。(同上)

 言葉を変えれば、みんな嫌がっているから、日本人が許容できる沖縄を生贄に差し出そう、ということか。日米同盟の正体はそんなものだろうか。沖縄はいまも「捨て石」なのだから、将来再び「玉砕」の悲劇を見る運命を背負わされている。

著者情報

ジャーナリスト

屋良朝博

やら ともひろ

1962年、沖縄県北谷町生まれ。フィリピン国立大学を卒業後、沖縄タイムス社入社。1992年から基地問題担当、東京支社を経て、論説委員、社会部長などを務めた。2006年の米軍再編を取材するため、07年から1年間、ハワイ大学内の東西センターで客員研究員として在籍。2012年6月に退社。現在、沖縄国際大学非常勤講師、フリーランスライター。著書に『沖縄米軍基地と日本の安全保障を考える20章』(かもがわ出版、2016年)、『誤解だらけの沖縄・米軍基地』(旬報社、2012年)、『砂上の同盟』(沖縄タイムス社、2009年)など。

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