国家にとって生産性とは何か
五野井郁夫(政治学者/国際政治学者)
国家にとっての生産性とは何か。自民党の杉田水脈(みお)衆議院議員が、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うのには、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があるとしつつも、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と心ない発言をしたことは、まだ記憶に新しい。
国家を規定する4つの条件
この国家と生産性にまつわる問いを正面から考える上で、まず国家とは何かを明確に規定する必要があるだろう。1933年に締結されたモンテビデオ条約第1条では、国家の条件として「政府」「外交能力」とともに「永久的住民」と「明確な領域」があげられ、国際政治や国際法の分野では、この4条件をもって国家が定義されている。
国家の領域すなわち国土を拡張する手段としての併合は、第二次世界大戦後の世界では国際規範として禁止とされた。そうなると小笠原諸島の西之島のように、火山などで自然発生的に拡大するか、外交交渉で割譲ないし返還してもらう以外には、国土を拡張する道はない。なお日本にとって不可分な領土であるはずの北方四島については、外交が得意とされる安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領による2018年5月の日露首脳会談で、四島での共同経済活動に際して「双方の法的立場を害さない」制度という形でロシアの法的立場と併存する活動を認めてしまうことによって、事実上ロシアへの帰属固定化に筋道をつけてしまった。
であれば、今の日本にとって国家存続のために努力できそうな目標として、政府機能と外交能力の存続とともに、「永久的住民」を満たし続けることたる「人口の再生産」が重要だというのは、それなりに導きうる方向性だと考えることもできるのかもしれない。
同性婚を認めると人口は減るのか?
ところで、そもそもこの人口の再生産から想定される「産めよ増やせよ」といったイメージ、すなわち人口増加は、必ずしも国家の繁栄と合致するわけではない。いまだに保守系の政治家の間から、同性婚などのようなLGBTQ(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー・クィア)の権利を認めると出生率が下がり人口減少につながるのではないか、などのような偏見に満ちた主張が提示されることがある。この主張については今後もなされ続けるだろうが、現状においてLGBTQの権利を認めた先進諸国で著しい人口の増減がみられたというファクトは科学的に見出しがたい。つまり同性婚を国レベルで法的に認めることは、人口増加と人口減少のどちらにも顕著なかたちでは影響しないのである。


人口と生産性は比例しない
たしかに人口の再生産は国家の存続条件であり、税金をとるためには人口は多いほうが手っ取り早く徴収できると考えがちだが、それも臆見(おっけん)や迷信の類でしかない。人口が多いからといってその国の国力が高いと考えるのは早計というものだろう。
人口といった量よりも、豊かさや住みやすさ、そして技術力などの質を国力の重要なファクターとして考えるべきだ。それでも量が大事だという人々は多いため、経済的パフォーマンスへとしてのGDPに注目して国力を見てみよう。もちろん経済的繁栄イコール豊かさや人間の幸せというわけではないが、経済指標は国力を図る上での一つの指標にはなるだろう。
QOL(Quality of Life:生活の質)の高さで定評のある北欧諸国をみてもノルウェーは国土が日本の1.019倍、フィンランドは0.895倍、スウェーデンは1.190倍とほぼ日本と同じだが、それぞれ人口は523.3万人、549.5万人、990.3万人ほどと、日本の24分の1から13分の1程度にすぎない。他方で、一人当たりの名目GDPは2017年のIMFのデータでは日本が3万8440ドルなのに対して、ノルウェーは7万4941ドル、フィンランドが4万6017ドル、スウェーデンで5万3218ドルと、日本をゆうに超えている。日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国で、領土面積が比較的日本と近いドイツをみても、人口は8267万人で一人当たりの名目GDPは4万4550ドルと、日本よりも6000ドルほど高い。
当然といえば当然だが、人口が多ければすなわち国が豊かで国力があるというわけではないのである。
このように、人口が少なくても経済的なパフォーマンスの極めて高い国は数多くあることが理解されるのだ。してみると、人口が増加することを所与として、出産せず人口増加には貢献しないというニュアンスでLGBTの人々を生産性がないと切って捨てた杉田議員の発言の裏にある国家イメージは、現実にそぐわないばかりか、旧態依然とした時代遅れのものであり、事実認識として幾重にも誤りがあるだろう。
なお、NPO法人EMA日本の調査では、2017年の数字では同性婚とパートナーシップが可能な国は世界人口の19.4%だが、それらLGBTの権利が認められている国々の世界に占めるGDPの割合はなんと58.2%にも及ぶ。
人口減少が進む日本が直面する課題
では、われわれはいったいどのような国を目指すべきなのだろうか。急速に進む人口減少や巨大災害の切迫等、国土を巡る大きな状況の変化や危機感を共有しつつ、国土交通省が2050年を見据えて2014年に国土づくりの理念や考え方を提示した「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」を足早に概観してみよう。そこでは、全国を1平方キロメートルごとの地点に分けてみると2050年には人口が半分以下となる地域が、現在の居住地域の6割以上を占めるというかなり不安な予測もなされている。
日本という国が人口1億人を超えたのは東京オリンピックの熱も冷めやらぬ1967年だったが、現在の急激な少子高齢化によって世界のどの国も経験したことのない約4割の高齢化率を今後経験することになる。これにともない、大都市及びその周辺部で高齢者の介護が大きな課題となる。
今後の人口減少によって、2050年には日本の人口は1億人を割り込み、約9700万人になると見込まれている。そこでは人口の地域的偏在が加速し、約6割の地域で人口が半減以下、約2割の地域は人がほぼ住まなくなり、市町村の中心部等は一定の集積が残るものの、離れたエリアの人口は激減する。
これにより生産・消費とも縮小するおそれがある。生産年齢人口の減少による労働力の大幅な不足や技術・技能の継承はすでに問題化しているが、今後これらはさらに深刻なものとなるという。
人口減少によって国全体で消費する総カロリー量が減るので、食料やエネルギー問題から免れ得るのかといえば、そうでもない。今後の世界はますますの人口爆発によって、食料・エネルギーの確保がさらに難しくなる。食料は引き続き大幅な輸入超過となり、エネルギーの輸入も増大。貿易収支・経常収支が悪化する一方で、農林水産業従事者の高齢化が進む。さらには地域、時期により水資源が不足しており、くわえて気候変動により気温上昇や環境変化も生じるため、安定的な水利用が危うくなるのだ。
もちろん人口減少が悪い結果だけをもたらすわけではない。プラスの側面として、都市化が進んだ地域では、空間的なゆとりが生まれたり、若い世代を中心に、地方の良さや可能性に着目する動きもみられる。
教育と医療の無償化が豊かさと成長をもたらす
人口が増えないなかで「豊かさ」と「成長」を今後も持続させていくためにまずすべきなのは、今すでに存在している人口と今後の人口への「投資」であろう。高齢人口の生涯学習などによるさらなる活用と、若者人口への手厚く積極的な教育等の支援によって、「質」を確保する。それによって、人口減少はほぼ必然的な趨勢として受け止めつつも、国民の幸福の増進及び経済的な「一定の成長」を達成した上で、「豊かさ」を実感できる国を築いていくことができる。
今すでにいる人口を活かすためには、日本政府は他の先進諸国を見習って、早急に大学の無償化を進めるとともに、若者のみならず学びたい大人へも無償化枠を広げるべきである。これによって、質の高い労働力の確保が可能となる。
もちろんこうした無償化のためには、税率も上げる必要がある。デンマークでは消費税率25%、国民負担率約70%とかなりの高納税国だが、教育費用は無料である。それ以外にも医療費も出産費用も無料である。日本でも健康保険で出産一時金が最低42万円給付される。近年では出産に際してお祝い金で数十万円を給付する自治体も増えてきたが、現状では多くて100万円ほどの出費がかかり、その後の育児費用もかさむため、産みたくても産めない家庭が多いのも現実である。教育と医療の無償化が、日本に住む人々のQOLを底上げし、生産性の高い国づくりへと結びつく。そして、当然ながら出産の無償化は、杉田議員が説くところの人口の再生産にも寄与することだろう。
クリエイティブで平和な国へ
著者情報
政治学者/国際政治学者
五野井郁夫
ごのい いくお
高千穂大学経営学部教授。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス、2012年)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版、2016年)など。