自民党「改憲シフト」のリアリズム
南部義典(シンクタンク「国民投票広報機構」代表)
ここまでを読んで、そうは言っても自民党案からの憲法改正手続きが進んでいく可能性を完全に否定することはできないと思う方もいるかもしれません。下村氏に替わる人物を憲法審査会次席幹事に充てて、議論が先に進む体制づくりを急げばよい、とも考えられるからです。
しかし、意外なものが、その進展を阻止します。先の通常国会から継続扱いになっている国民投票法改正案です。この改正案は、(国民投票実施の際に)有権者の投票環境をより便利なものにする内容で、現在、衆議院憲法審査会に付託されています(簡単に言えば、審査中)。その法案処理――つまり法案提出者に対する質疑を終わらせ、討論(賛成・反対)の上、採決を行うこと――を、憲法審査会で先に済ませる必要があります。それが終わらない間は、この法案をいったん脇に置いて、新しく憲法改正の自民党案の「提示」を受けることができません。衆議院にも参議院にも、すべての案件について、一本ずつ先入れ先出し(先着順の受付処理)で行うという慣例があるからです。
もっとも、別の案件を後からねじ込んで先に議論することを法律などで厳格に禁止しているわけではないため、「慣例破り」を阻止する手段はありません。しかし、自民党案の「提示」を先行させた瞬間、その運営の強引さに他の政党会派が反発することは不可避となり、各議院の運営は一斉に「不正常」な状態になるでしょう(船田元「安倍総理の改憲案は姑息だ」『月刊日本』2018年10月号も同様の指摘をしています)。議院運営の不正常とは、具体的には野党会派の審議拒否が行われている状態です。入管法改正案などの安倍内閣にとっての重要法案の審議が、スムーズにいかなくなることを意味しています。ただでさえ短い臨時国会の会期において、そこまでの政治的なリスクを冒してまで、自民党案の「提示」を急いで行う必要があるのかどうか、この点は、与党内部からも疑問と批判の声が上がるでしょう。下村氏の思惑は、直ちに実を結ぶわけではないのです。
すでに「政争の具」と化した法改正
慣例破りはさすがにできないということで、自民党が国民投票法改正案の先行処理に徹することを決めたとします。それでも、衆議院憲法審査会における法案処理がスムーズに進むかと言えば、私はなお疑いの念を抱いています。
そもそも国民投票改正案の内容は、期日前投票の弾力運用や共通投票所の設置といった、国・地方の「選挙」における投票環境の向上施策(2015~16年にかけて、公職選挙法の改正が実現しているもの)を、国民投票にも同じように実施することなどを柱としており、かなり実務的、技術的なものです(下の表参照)。およそ政争の具にはなりえず、法案処理が遅れる理由は考えられません。

それではなぜ、私がスムーズな法案処理に疑念を抱いているのか。問題は、国民投票法改正案の内容ではなく、提出に至る政治的経緯であり、その「枠組み」にあります。改正案は、自民、公明、維新及び希望の4会派共同によって衆議院に提出されたものであり(2018年6月27日)、立憲、国民、共産など主要野党が外された形になっています。国民投票法の制定(2007年5月)、第一次改正(2014年6月)においては、法整備そのものを政争の具としないことを与野党間で了解した上で、法案提出に至るまで「円卓協議」を何度も開いて、論点を整理し、意見集約を図ってきたという経緯(実績)があります。しかし今回は、丁寧な合意形成の場が一度も設けられないまま、前記4会派、いわゆる「改憲賛成勢力」だけで提出が強行され、典型的な「対決法案」の構図になっているのです。私は、国民投票法の制定、改正過程を長く傍観していますが、このような傲慢なやり方を見たのは初めてです。
異論に耳を貸さず法整備(国民投票法の改正)を進めることは、その時々の与党の考え方だけで憲法改正の手続きを変えてしまおうという姿勢の表れです。この点は、主要野党としても、指をくわえて見過ごすわけにはいきません。
また、主要野党を無視した場合、改憲賛成勢力だけでは「衆参総議員の3分の2以上の賛成」という国会発議要件を満たすことは難しく、改憲賛成勢力にとっても何のメリットもないはずです。公明党はもちろん自民党の内部からも、国民投票法改正案の処理を急ぐべきではない(採決を強行すべきではない)という意見が当然生まれ、国民投票法改正案が「二度目の継続扱い」になることも十分考えられます。そして、さらに憲法改正の中身の議論は、はるか先の話になるのです。
自民党は一つにまとまったことがない!
「自民党は結党以来、憲法改正を党是としている」というフレーズを、しばしば耳にします。しかし、党是とは言いながら、63年間(1955年自由民主党結党~)、皆が一つの方向を目指してきたわけではありません。直近では、例の改憲4項目 とりまとめに至るプロセスの中でも、石破茂氏らの反対意見が押し込められ、意見対立は完全に解消されてはいません。自民党総裁選挙でいみじくも露呈したように、世間で理解されているほど自民党は一枚岩でなく、憲法改正の一点において全議員が一致結束できるほどの器用さ(柔軟さ)を持ち合わせてはいないのです。自民党は今後いっそう、不可逆的に混迷を窮めていくと予想します。
そして、私たち市民の側には、とりわけ憲法論議に関して、「自民党」という枠組みで単純に一括りにして、理解したり受け止めたりしない冷静さ、冷淡さが求められています。一部のメディア、ジャーナリズムには、議論を煽ることそのものを目的化したり、「総理がこのように発言したから、必ずこう進む」と一方通行な言説をまき散らしたりする人もいます。しかし、自民党「改憲シフト」は、憲法改正論議を軌道に乗せ、推進するほどのリアリティを与えるものではありません。逆に、そのような煽りに乗ること自体、一定の意味と価値を与えてしまう危険があることを肝に銘ずるべきです。
そもそも、内閣総理大臣の立場にある者が「憲法改正に取り組みたい人、この指止まれ!」と公言してはばからないこと自体、立憲政治の礎を揺るがすことであり、到底看過することはできません。この行為について疑問を呈することこそ、私たち市民が取るべき対応です。安倍三選という事実だけで、憲法改正があっという間に進むということにはならないのです。
著者情報
シンクタンク「国民投票広報機構」代表
南部義典
なんぶ よしのり
1971年、岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。2017年、シンクタンク「国民投票広報機構」を立ち上げ、現在に至る。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。『図解 超早わかり 18歳成人と法律』『図解 超早わかり 国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『広告が憲法を殺す日』(共著・集英社新書)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー no.255)』(共著・日本評論社)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著・明石書店)など著書多数。