2019年参院選を読み解く(その1) 安倍政権の憂鬱
木下ちがや(政治学者)
天皇譲位と令和改元の過程は、安倍政権の支配を誇示する絶好の場となった。「完成された支配」のもとで、脱政治化された儀式が繰り広げられた。それを目の当たりにすることで、わたしたちの憂鬱さは頂点に達することになる。
2019年4月1日の新元号発表から、5月1日の天皇譲位をはさみ、現在に至るまでの安倍政権の支配戦略は、「統制」ではなく「過剰な露出」と言ってもいいものだ。4月1日の菅官房長官による新元号の発表後、30年前の平成改元では厳格に秘匿されていた元号制定過程を、政府は「リーク」というかたちで公開していった。しかもその内容は、元号の選定が安倍総理、菅義偉官房長官の意思に基づいていることを匂わせるものだった。4月10日には、平成の天皇・皇后が出席しないなかで行われた天皇即位30周年の「奉祝感謝の集い」で安倍総理が祝辞を述べ、5月14日には、第二次安倍政権まで決して公開されることのなかった総理大臣から天皇への「内奏」の場面が公開された。さらに10月22日に予定されている「天皇即位パレード」のコースは、前回とは異なる、自民党本部前を通過するコースに変更され、パレードの車列には安倍総理、菅官房長官が加わることになった。
こうした「天皇譲位」をめぐる一連のことがらを政治利用したのは、安倍政権が初めてではない。1988年9月19日の昭和天皇の吐血以後、日本社会は自粛ムードに覆われ、およそ600万人が病気平癒を願う「記帳」に赴いた。自民党はこの記帳を要請する通達を各都道府県連に発送するが、それは翌年7月の参院選のための票の掘り起こしを意図したものだった。翌年4月に消費税導入を控え、参院選では自民党の苦戦が予想されていた。それを挽回するための「記帳動員による天皇の政治利用」が行われたのである。
安倍政権もまた、今年7月に参院選、10月に消費税の10%引き上げを控えている。しかし生前退位により記帳動員はできない。そこで採用したのが「天皇とコラボすることによる政治利用」だったのだ。
安倍政権にとっては、天皇も、吉本新喜劇の芸人も、有名俳優も、トランプ大統領もみな同じである。これまでのあらゆる世論調査において「安倍総理だから支持する」というのが政権支持層のなかでも一割程度しかいないことからもわかるように、安倍総理の個人人気は著しく低い。自民党内でも低いのは、先の総裁選の結果からも明らかである。だから「あの芸能人(もしくは天皇やトランプ大統領)と一緒に写っている人」であることをアピールすることで、安倍総理への無党派層の不信感を払拭し、有権者の心理的障壁を引き下げようとしているのだ。有名なイラストレーターに自らを「イケメン侍」に描かせる安倍総理、「令和おじさん」を売りにする菅官房長官、「甘利です」と自撮りを公開した甘利明選対委員長らの姿は、リベラルや穏健な保守からすれば不気味にしか見えないし、実際に不気味である。
だが政府自民党は「令和ブーム」という、異論や反対意見が一掃されている社会空間で、安倍総理やその側近たちが自らを脱政治化された「偶像」に仕立てれば、無党派層に好印象が浸透していくと見込んでいたのではないか。
そして思惑どおり、19年5月の内閣支持率は45%と、この2年間のうちで最高値に達したのである。
この「完成された支配」のもとで、外交的成果を掲げて衆参同日選に挑み、盤石の体制を永続させる。これが「5月までの」安倍政権の長期戦略であった。(その2に続く)
著者情報
政治学者
木下ちがや
きのした ちがや
1971年、徳島県生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。さまざまな社会運動に参加し、行動する政治学者として現場に足を運び、発信している。著書に『国家と治安――アメリカ治安法制と自由の歴史』(青土社)、『原発を止める人々』(小熊英二との共編著、文芸春秋)、『ポピュリズムと「民意」の政治学 ――3・11以後の民主主義』(大月書店)など。最新刊『「社会を変えよう」といわれたら』(大月書店)では、3.11以後の出来事について解説と分析し、これからわたしたちがどこへ向かおうとしているのかを考察している。