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押し寄せる難民とEUの選択(2)

欧州難民危機は戦後最大の試練

熊谷徹(ジャーナリスト)

押し寄せる難民とEUの選択(1)から続く。

EUの取り組み

 EUは、ドイツの強い要請に応え、15年9月から10月にかけて、ギリシャとイタリアに到着した難民16万人について、各国の国内総生産や人口、失業率を勘案した比率(クォータ)に基づいて割り当てることを決めた。ハンガリーなど一部の東欧諸国は反対したが、多数決で押し切られた。ただし、この決議にもかかわらず、加盟国政府が「実際に受け入れ可能」とEUに通告してきた数は、極めて低い水準に留まっており、難民の公平な割り当てが実現するかどうかは、疑問である。
 またEUは、ギリシャとイタリアに「ホットスポット」と呼ばれる暫定収容施設を設置し、これらの国々からEU域内に入る難民を登録して、各国に割り当てることも検討している。さらに、EUの外縁の境界の警備を強化して、難民の到着状況を現在よりも的確に把握する方針だ。
 ホットスポットがイタリアにも作られる理由は、14年以来、アフリカから船で地中海を渡って欧州への亡命を試みる市民が増えているからだ(通称「地中海ルート」)。14年には、約17万人の難民が船でイタリアに到着した。前年に比べて296%の増加である。アフリカからの難民たちは、内戦や干ばつ、飢饉のために欧州を目指すが、リビアのカダフィ政権の崩壊によって、難民の密航を手配する業者の活動が容易になったのも、亡命者増加の一因となっている。
 難民たちを満載した船が悪天候のために転覆する事故も増加している。国際移住機関IOM)によると、14年には2993人の難民が地中海を渡ろうとして死亡した。15年1月から11月までに溺死した難民の数は、3440人に達している。
 このためEU加盟国は、難民救助のための作戦を実施している。イタリア政府は、13年10月に難民救助作戦「マーレ・ノストルム」を開始。フリゲート艦や上陸用舟艇など5隻の軍艦やヘリコプターを投入して、難民の救助にあたった。
 イタリア海軍の900人の将兵たちは約600回出動して約14万人の難民を救助し、マーレ・ノストルム作戦は一定の効果を挙げた。しかしこの作戦には、1年間で1億1000万ユーロ(154億円)の費用がかかった。
 イタリア政府は、「資金の捻出が難しい」として、14年10月31日にマーレ・ノストルム作戦を打ち切った。作戦打ち切りの背景には、資金難だけではなく、アフリカや中東で「イタリア海軍に救助される可能性が高まり、海路による亡命の危険が減った」という見方が強まり、難民の数がさらに増えるのではないかという懸念もあった。
 この作戦が打ち切られた後は、EUの国境を警備するFRONTEX(欧州対外国境管理協力機関)が、トリトン作戦を開始した。だが艦艇の捜索範囲は、イタリア軍の難民救助作戦とは異なり、沿岸から30マイル(約48キロメートル)の海域に限られていた。難民の海難事故の大半は、この海域の外で発生している。さらに、この作戦にあてられた年間予算額は約3000万ユーロ(42億円)で、マーレ・ノストルム作戦の3分の1以下にすぎなかった。
 難民の死亡事故が多発し、世論の批判が高まったため、EUは15年にトリトン作戦の予算を3倍に増やした。
 ドイツ政府も15年5月中旬から、フリゲート艦「ヘッセン」など2隻の軍艦を難民救助のために地中海に投入し始めた。
 国連高等難民弁務官事務所UNHCR)によると、15年1月から11月までにイタリアに到着した難民の数は、14万2000人で、前年に比べるとペースが落ちている。その理由は、トルコなどからギリシャに上陸する難民の数が増えたせいである。

「人間運搬業者」の暗躍

 さてEUへの難民の中で最も多いのは、シリアからの難民だ。15年前半にEUで初めて亡命を申請した難民の5人に1人は、シリア人だった。
 その理由は、「アラブの春」がきっかけとなったシリアの内戦である。11年3月に勃発したアサド政権と反政府勢力の間の内戦のために、約400万人のシリア国民が国外に脱出し、約760万人が国内で難民化している。国外に逃げたシリア難民の内、約200万人がトルコの難民キャンプに滞在している他、レバノンが107万人、ヨルダンも60万人難民を受け入れている。
 ドイツを目指すシリア難民が最も多く使うのが、通称「バルカン・ルート」。彼らはトルコから陸路、海路でギリシャに到達すると、車や徒歩でセルビア、クロアチア、スロベニアを通ってオーストリア、そしてドイツへ向かう。
 トルコに最も近いギリシャのレスボス島、コス島などに船でたどり着いた難民の数は、15年1月から9月までの間に、55万5000人に達した。船が転覆して、溺死する難民は後を絶たない。15年9月には、トルコの浜辺で撮影された、3歳のシリア人アイラン・クルディ君の遺体の映像が世界中のメディアによって伝えられ、世界に衝撃を与えた。
 難民急増の背景には、難民から金を取って船やトラックで欧州に運ぶ、闇の「人間運搬業者」の暗躍がある。
 トルコのボドルム港からギリシャのコス島まで船で渡ると、25分間かかる。人間運搬業者たちは、この船に乗ることを望む難民から、1人あたり1000~1500ドル(12万1000~18万2000円、1ドル=121円換算)の料金を取る。さらに人間運搬業者は、ギリシャから陸路でドイツへ行く難民には、3000~4000ユーロ(42万~56万円)を要求する。一部の人間運搬業者たちは、インターネット上で堂々と「客」を募集している。
 人間運搬業者は事前に難民から金を受け取る。このため運搬される難民の健康状態や衛生状態については、ほとんど配慮しない。彼らは長時間にわたり、過酷な状態の中で欧州に向かう。15年8月には、オーストリアの高速道路に放置された保冷車から、71人の難民の遺体が見つかった。運搬業者によって保冷室に詰め込まれた難民たちは、酸欠で死亡したのだ。

流入にあえぐ東欧と“ヨーロッパ要塞”構想

 車に乗れない難民たちは、徒歩でドイツをめざす。当初は旧ユーゴスラビア諸国からハンガリー経由でオーストリアに入る難民が多かったが、ハンガリーは9月14日にセルビアとの国境を封鎖した他、10月17日にはクロアチアとの国境も封鎖し、難民の流入を禁止した。このため難民たちはハンガリーを迂回(うかい)して、クロアチアとスロベニア経由でオーストリアへ向かうようになった。人口200万人の小国スロベニアが1日に受け入れられる難民の数は、最高2500人。しかし10月中旬には、10日間で7万5000人の難民が押し寄せた。EUは緊急首脳会議を開いて、スロベニアに警察官4000人の派遣を決定。同時に、バルカン・ルート沿いに10万人分の宿泊施設の設置を決めた。
 オーストリアのヨハンナ・ミクル・ライトナー内務大臣は、10月下旬にドイツの新聞のインタビューに答えて、スロベニアとの国境に防護柵を設置し、難民の流入をコントロールする方針を明らかにした。ライトナー内務大臣は、このインタビューの中で、「我々はヨーロッパ要塞(Festung Europa)を作らなくてはならない」と述べている。この言葉には、難民流入についてのEU加盟国の危機感が強く表れている。

根本的な解決に向けて

 さて欧州難民危機は、シリアの内戦を終結させて、難民の流出を止めない限り、根本的に解決されない。それどころか、内戦に歯止めをかけなければ、欧州に向かう難民数がさらに増える危険すらある。このためEU諸国は、シリア内戦を終わらせるための水面下の交渉努力を強化するだろう。15年9月にメルケルは「シリア内戦の全ての関係者と協議する必要がある。その中には、シリアのアサド大統領も含まれる」と発言した。アサド大統領は、反体制派に対する苛烈(かれつ)な弾圧で知られる独裁者。シリア政府軍は、民間人に対して毒ガス攻撃を行った疑いも持たれている。このためEU諸国は、これまでアサドとの接触を避けてきた。しかし、ロシアのプーチン大統領は、「シリアがリビアのカダフィ政権のように崩壊するのを防ぐ」という理由で、シリアの反体制派に対する空爆を実施するなど、同国へのテコ入れを強化している。
 EU諸国が、今後ロシアに対抗してシリア政府との接触を強化し、内戦終結への努力を強めることは確実だ。
 同時にEUは、難民危機の解決についてはトルコが重要な役割を果たすと判断している。トルコはEUとシリアの間に位置し、200万人ものシリア難民を受け入れているからだ。このため、EUはトルコに10億ユーロ(1400億円)の資金を供与して、シリア難民のためのキャンプを増設させる。トルコはEU加盟や、トルコ人がビザなしでEU域内に旅行できるようにする措置を希望してきたが、EUはトルコ国内の政治情勢などのために、交渉を凍結してきた。だがEUは、今回の難民危機をきっかけにトルコのEU加盟交渉を部分的に再開する方針を見せている。今後欧州政局の中で、トルコの重要性は大幅に高まるだろう。

著者情報

ジャーナリスト

熊谷徹

くまがい とおる

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局在勤中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツのミュンヘン市に在住。統一後のドイツの変化、ヨーロッパの政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材・執筆を続けている。著書に『新生ドイツの挑戦』(1993年、丸善)、『びっくり先進国ドイツ』(2004年、新潮社)、『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(2007年、新潮社)、『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』(2012年、日経BP社)、『日本とドイツ―ふたつの「戦後」』(2015年、集英社)、『偽りの帝国―緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(2016年、文藝春秋)、『イスラエルがすごい―マネーを呼ぶイノベーション大国』(2018年、新潮社)、『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(2019年、青春出版社) など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(2007年、高文研)で第13回平和・協同ジャーナリスト奨励賞受賞。ホームページはhttp://www.tkumagai.de/

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