トランプ政権誕生で日米関係をどう変えるのか 前編
マーティン・ファクラー(ジャーナリスト)
猿田佐世(新外交イニシアティブ代表)
(構成・文/川喜田研)
──先日、自身初の単著となる「新しい日米外交を切り拓く」(集英社クリエイティブ)を出版。長年、ワシントンを舞台にロビイング活動を続け、沖縄の米軍基地問題やTPP問題などに関して「日本のもう一つの声」をアメリカ政府や米議会関係者に届けてきた猿田佐世さんと、20年以上にわたり、アメリカ人の視点で日本の政治や社会をウォッチし続け、こちらも新刊『世界が認めた「普通でない国」日本』(祥伝社新書)が出版されたばかりのマーティン・ファクラーさん。ある意味、対照的とも言える立場の二人は、トランプ大統領誕生後のアメリカと今後の日米関係をどう見ているのか? 日米外交の新たな可能性を探るクロストーク。
大統領選挙が浮き彫りにした「アメリカ社会の深い分断」
──まずは、お二人に、今回のアメリカ大統領選挙の印象から聞きたいのですが。
ファクラー 今回、僕が最も強く感じたのは、アメリカ社会の深い分断ですね。選挙戦の最中から、アメリカには「トランプが絶対勝つ」と信じている人たちと「トランプ大統領なんてあり得ない」と考えている人たちがいて、まるで「二つのアメリカ」が闘っているような雰囲気でしたが、選挙が終わり、トランプが勝利した後も、この二つが再び融和し、一つのアメリカとしてまとまってゆくという雰囲気が全くない。
むしろ、トランプの支持者たちは「やったー!」と大喜びし、トランプに反対する人たちは深く落ち込むという極端に感情的な反応が続いていて「価値観、世界観」で二つの国に分かれてしまったような感じがします。
何しろ、トランプ政権への嫌悪感から「カリフォルニア独立論」までが、半分真面目に議論されるぐらいですからね……。これは、イギリスが国民投票でEU離脱を決めた、いわゆるBREXIT(ブレグジット)の後、EUへの残留を望むスコットランドで再び独立論が浮上しているのと基本的に同じ構造です。
また、アメリカ国内でも民主党の強い地域の州や郡、市町村の中には、トランプが主張する「不法移民の追放」のような政策には従わないと既に宣言している地方自治体もあります。アメリカの場合、地方自治体の権限が大きいですし、特に警察は州や郡ごとに独立していますから、大統領の指示に従わないこともある。そうしたアメリカ社会の深い分断の中で、トランプ大統領が本当に国を一つにまとめられるのかが気になりますね。
もう一つ、トランプ大統領で難しいのは、彼の「言葉」と「行動」が必ずしも一致しないという点です。選挙期間中は過激な発言を繰り返し、アウトサイダー的なイメージを強調していたトランプですが、固まり始めた新政権の閣僚人事を見ても、首席戦略官兼上級顧問に指名された保守系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」の会長、スティーブン・バノン……彼はまぁ、日本で言えば右翼系サイト「チャンネル桜」の代表みたいな感じですが、そのバノンを除けばアウトサイダー的な人物はほとんど選ばれていません。基本的な顔ぶれは「共和党内の保守派」と「元軍人」「財界人」です。
──ちなみに、トランプ大統領の誕生は、アメリカ人であるファクラーさんにとっても、驚きだったのですか?
ファクラー そうとも言えません。と言うのも、今話したような「アメリカ社会の分断」は、決して、今始まった話ではなくて、恐らく1994年(ビル・クリントン大統領時)の議会選挙の頃から始まっていると感じていたからです。その頃から共和党が変質して、以前よりも攻撃的になり、一方で「ティーパーティ-」と言われる保守的な動きが、結果的に今のトランプ政権誕生につながったとも言える。その意味ではアメリカの分断はもう20年以上も続いているのです。
また、対立候補のヒラリー・クリントンはあまりにもインサイダー的なイメージが強く、有権者から、既得権益を持つ「エスタブリッシュメント側の人間」と見られていたし、メール問題やクリントン財団の資金の問題などで、弱点が目立ち過ぎたとも感じています。その意味で、今回の大統領選挙は「トランプが勝った」のか、それとも「クリントンが負けた」のか分からない(笑)。間違いなく言えるのは、これほど「双方の候補が嫌われていた」大統領選挙はこれまでなかったということでしょうね。
閣僚人事から浮かび上がる「トランプ政権の実体」
──一方、猿田さんは、アメリカ大統領選挙をどんな風に見ていたのでしょうか?
猿田 私は今回のアメリカ大統領選挙について、日本の反応に注目して見ていました。確かにトランプは選挙期間中、様々な暴言を繰り返し放ったわけですが、アメリカの国内政策に関するものは、正直、日本人は直接的な影響を受けないものが多い。当然と言えば当然ですが、日本、特に新聞やテレビなどの日本の主要メディアではトランプの外交に関する発言、特に日本に向けられた「米軍の駐留経費を全額負担せよ」との要求や「米軍撤退」、あるいは「日本の核武装を容認する発言」などを大きくクローズアップし、そこにすごく反応している人が多かったですよね。
そうした中で、特に沖縄の米軍基地に反対する日本のリベラル層の中には「米軍の駐留経費を全額負担しなければ在日米軍を撤退させると訴えるトランプが大統領になったら、むしろ沖縄の基地問題は片付くんじゃないか」という一種の楽観論が生まれたり、大阪の橋下徹前市長みたいに「沖縄米軍基地反対派はトランプ氏を熱烈応援すべきだ。」と発言する人が出たり……ということがあって、米軍基地問題や、やはりトランプが反対を公言しているTPP問題で、結果的に物事がいい方向に変わるのでは……と期待した人もいたと思います。
しかし、今、ファクラーさんがおっしゃったように、選挙後に見えてきたトランプ政権の閣僚人事を見ると、結局、既存の枠組みの中から保守派を単に選んでいるだけで、共和党のタカ派陣営で固めただけじゃないか、そうなると、中国へ軍事的な圧力を今後も掛け続ける中で日本にはその一部に加わって欲しい、即ち、日本に軍事的な貢献をさらに要求するということになるだけの可能性が高いように思います。もちろん、クリントン氏当選では何も変わらないことがわかっていたので、トランプ氏で「何かが変わるんじゃないか」と期待した人の気持ちもわかります。が、国防長官に指名されたのも、元海兵隊のアメリカ中央軍司令官で「狂犬」との異名をもつタカ派のジェームズ・マティスですし、そういう意味では、今後も日米関係、特に安全保障の面ではあまり変化はないのかなぁ……という雰囲気はありますね。
──トランプは選挙期間中、何度も「アメリカファースト」を主張し、「アメリカは今後『世界の警察官』をやめるのだ」と強調してきました。しかし、今回の人事を見ると、特に安全保障関連については「元軍人」の比率が驚くほど高い。むしろ外交や政治への、軍と軍需産業を含めた「軍産共同体」の影響がこれまで以上に強まる可能性はありませんか?
猿田 ここでも「言葉」と「行動」や「政策」が一致していないんですね。例えばトランプは、任務に就いている陸軍兵士の数や海兵隊の大隊数を増やす、米国予算の強制削減を国防予算については適用を廃止するなど、軍事予算を減らすんじゃなくて増やすとアピールしてきました。アメリカの財政状況は非常に厳しく、ただでさえ予算を削減しなきゃいけないのに、それに加えて大幅な減税をすると言っている。そんなことをしていたら、とても財政が持たない。トランプの発言や閣僚人事を見る限り、戦争ばかりやっていたブッシュ政権の頃、あるいはそれよりさらに軍事力重視といった感じになってしまいそうな気がします。
ファクラー そうですね、しかも、ブッシュ政権の時は、「タカ派」だったけれど、少なくとも彼らには「ネオコン」という「価値観」が共有されていた。ところが、今度のトランプ政権は「タカ派」なだけで共通の「価値観」すらない気がします。
そもそも、トランプの言う「アメリカファースト」という言葉は、彼の発明じゃなくて、実は1930年代のアメリカで共和党員だったチャールズ・リンドバーグ……そう、世界で初めて飛行機での大西洋単独無着陸飛行に成功した、あのリンドバーグが「アメリカはヨーロッパでの戦争に関わらない」という孤立主義を訴えた時の運動が「アメリカファースト」だったんですね。
で、トランプは選挙中、確かに「アメリカは『世界の警察官』を続けられない」とか、「日本や韓国が自国負担を増やさないなら、駐留米軍は撤退する」とか、いろいろ発言していたけれど、今、猿田さんがおっしゃったように、トランプ政権の閣僚人事の人選を見ると正反対で、軍事力で抑え込む「力」の政治の臭いがする。アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーに寄稿した、トランプのアドバイザーであるカリフォルニア大学教授のピーター・ナヴァロの論文によれば、アメリカ海軍の艦艇を新たに100隻も増やすという案もある。これって「海上自衛隊」をまるまる、もう一つ分、新たに増やすような話ですから、大変な増強です。
「対米従属」がさらに強化される可能性も……
ファクラー それに、今回、ピーター・ナヴァロ教授の論文では「中国脅威論」を主張していて、特に南シナ海での中国の影響力拡大に対する強い懸念を示していますから、今後、トランプ政権が日本に対して、この地域で自衛隊がもっと積極的な役割を果たすように圧力を掛けてくる可能性は十分にあるでしょうね。そしてそれは「積極的平和主義」を訴える安倍政権の考え方にも近いような気がします。その意味では安全保障問題に関する対米従属が終わらないで、日本のアジア太平洋地域での軍事的な役割が大きくなるという可能性もあるでしょうね、
著者情報
ジャーナリスト
マーティン・ファクラー
まーてぃん・ふぁくらー
1966年、アメリカのアイオワ州出身。ダートマス大学卒業後、東京大学大学院に留学。帰国後、イリノイ大学でジャーナリズムの修士号、カリフォルニア大学バークレー校で歴史学の修士号を取得。96年からブルームバーグ東京支局、AP通信社上海支局長、ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局、ニューヨーク・タイムズ東京支局などを経て、2009年から15年までニューヨーク・タイムズ東京支局長を務めた。現在、一般社団法人日本再建イニシアティブの主任研究員兼ジャーナリスト。著書に『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(双葉社、2016年)、『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉新書、2012年)がある。
新外交イニシアティブ代表
猿田佐世
さるた さよ
1977年生まれ。早稲田大学法学部卒業。国際人道支援NGO活動などを経て、2002年に弁護士登録。08年、米コロンビア大学ロースクールにて法学修士号取得。09年、ニューヨーク州弁護士登録。12年アメリカン大学国際関係学部にて国際政治・国際紛争解決学修士号取得。著書に『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社クリエイティブ、2016年)などがある。