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韓国は「地獄」のような社会から抜け出せるのか

「普通の人間らしさ」を求める若者たち

朴順梨(ライター)

 翌5月10日、日本語版大統領選挙情報サイト『韓国大統領選挙2017』(http://kankoku2017.jp/)の徐台教(ソ・テギョ)編集長に、選挙をどう見ていたのかを質問してみた。
「……こんなに楽に文在寅が勝つとは予想していませんでした。4月に他候補との支持率が拮抗したときはひっくり返る可能性もあったし、やはり前回も出馬した、中道を標榜する安哲秀(アン・チョルス)氏は今回きちんと政策を打ち出していたし。彼のほうが年齢も9つ若かったから、もう少し支持が集まるかと思いましたが……。それにしても政治資金法違反で起訴され、二審で無罪となるも最高裁(大法院)の判決を待つ洪準杓氏が、2位となったのは驚きでした」
 徐さんによると、韓国は北朝鮮と38度線で分断されているゆえ、中道という意識が育たないのだという。保守でも革新でもないなら、旧体制を批判する以外に中道は立つ瀬がない。しかしそれ以上に安哲秀に長官職や大統領府での実務経験がないことが、票が集まらなかった理由ではないかと答えた。ではなぜ、文在寅は支持されたのだろう?
「投票した人の多くが、弱者への視点が存在した盧武鉉の時代を思い返しているのではないですか? 今は当時より経済格差が広がっているので、なおさらこの点が大きかったのだと思います。要は普通の人を人々は選んだのです。人の話を聞ける、温かい心がある候補がよかったのではないか」
 選挙直前の韓国では、文在寅が立ち寄った食堂で、自分以外の食器も下げ場所に運んでいた画像がSNSで話題になっていた。文支持者はこれを「分け隔てなく他人に接する、人間らしい大統領候補」アピールに使っていた。一方で対立候補だった安哲秀は、選対メンバーがバス停にいた人を押しのける動画がネットに晒され、ネガティブキャンペーンに利用されてしまっていた。
「カリスマ性のある人権弁護士出身。だけど普通の人が私たちの大統領なのだ」
 そんな言葉を裏付けるかのように、大統領となっても文在寅が市民と気さくにセルフィーを撮影したり、記者と山登りをしたりする姿が報じられた。極めつきは大統領選からわずか9日後の5月18日の、光州での民主化運動記念式典だろう。
 4年ぶりに大統領が訪れた式典となったが、そこで文在寅はこんなスピーチをした。
「新政府は5.18民主化運動とろうそく革命(朴槿恵の退陣を求めた非暴力の抗議集会)の精神を仰ぎこの地の民主主義を完全に復元します。光州の英霊たちが心安らかに休めるよう成熟した民主主義の花を咲かせます」
(コリアン・ポリティクスより。https://thekoreanpolitics.com/archives/97)
 そして式典の壇上にいた光州事件(1980年5月に光州市で起こった学生や市民による大規模な暴動事件)で父親を亡くした女性と、涙を流しながら抱擁した。まさに人間大統領として称賛を浴びた瞬間だった。

  8月中旬に再び徐さんに質問すると、文大統領は前評判通りの高い支持を得ているという。
「8月17日で就任100日となりました。韓国ではカップルなどが付き合い初めて100日を祝うのですが(笑)、大統領についても就任100日を迎え各紙とも世論調査の結果を発表しています。見ると、文大統領の国政支持率は70~80%台です。これは就任直後と大きく変わりません。特徴は『信頼』ですね。個別の政策評価を見ると、原発中断など賛否が半々などのテーマもあるのですが、全体的な評価は高い。これは『文在寅なら道を外さない』という信頼の表れと捉えるべきです」

評価するには時期尚早

 日本では慰安婦被害者のことばかりが取りざたされるが、韓国が抱える問題としてもっとも大きいのは、南北問題だと徐さんは言う。
 アメリカ人大学生が北朝鮮に拘束され、解放されたのちすぐに亡くなったことは、韓国でも大きく報道された。韓国人も6人拘束されているが、朴槿恵政権時に北朝鮮との対話が途切れてしまったため、彼らの健康状態を政府は把握しきれていないそうだ。
「文政権を支える進歩派と呼ばれる学者や官僚は、北朝鮮との今後に強い危機感を持っています。話が通じない脅威として離れていくのか、統一は先だとしても、朝鮮半島で共存共栄できるのか。この先5年間で行く末が決まるから、舵取りに必死です。統一部の長官が7月3日にやっと任命されたが、南北問題はリアルタイムで変動している。今までの政権以上に、難しい課題を突き付けられている状態です」
 しかし国民の関心が高いのは南北問題ではなく、労働者の権利をどう守るかや、経済改革だ。だがそれについては、「もう少し時間が欲しい」と国民に言っている状況だという。

「就任100日をとても精力的に過ごし、南北問題、福祉、経済など矢継ぎ早に新政策を発表してきました。ですが、結果が出るのは1年2年先のこと。前政権がひどかったため焦る気持ちは理解できますが、これからです」
 日本人の中には、市民の力で政権交代が叶った韓国と新大統領をうらやましがる人もいる。「あれこそが民主主義だ」という意見もあるほどだ。
「僕が韓国人全員を代弁することはできないけど、民主主義を目的に政治家を選ぶ人は、韓国にはおそらくいません。人間らしい暮らしをしたい思いがあり、それが時に民主主義だったり人権だったりに反映されるのではないか。民主主義は幸せのための手段でしかなく、人間は人間として生きる権利があることを、韓国国民は理解しているのだと思います」

 文政権を今の時点で手放しで評価する韓国人はいない。独裁政権ではないのだから、積弊(過去の害悪)が短期間で変わるはずもない。でも前政権よりは確実に希望が持てるし、南北関係も対話を重視しながら、慎重に模索している。文政権の常識性と復元に向ける情熱は、確実に未来につながっていくはずだと彼は言う。
「李明博(イ・ミョンバク)政権(2008~13年)と朴槿恵政権時に失われてしまった、社会的な常識の復元が文政権のキーワードだと思っています。南北関係を例に挙げると、アメリカですら水面下で続けてきた北朝鮮との対話は、朴槿恵の時代にほぼ失われてしまいました。そういう“常識”をひとつひとつ復元していくには時間がかかります。ですが、確実に進んでいくと思います」

「ヘル朝鮮」を変えるためには、積弊や亡霊を乗り越えてその先に行くしかない。その亡霊には朴正煕だけではなく、おそらく金大中や盧武鉉も含まれるだろう。常識と復元が韓国だけではなく東アジアの未来を創っていくことを、今はただ期待したい。

著者情報

ライター

朴順梨

ぱく すに

1972年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、TV制作・情報誌編集を経てフリーライターとなり、「AERA」等に寄稿。元・在日韓国人三世。著書に『奥さまは愛国』(北原みのりとの共著、河出書房新社、2014年)『韓国のホンネ』(安田浩一氏との共著、竹書房、2013年)『離島の本屋』(ころから、2013年)などがある。

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