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権威ではコロナを抑えられない 過去の教訓を生かした韓国の対策

徐台教(ジャーナリスト)

 国民の携帯電話はGPSで追跡され、ショートメッセージを通じてその場所に合った感染者に関わるメッセージが届く。例えば、筆者は普段は京畿道金浦(キンポ)市に住んでいるため、金浦市や仁川(インチョン)市など付近の情報が届く。だが、ソウルの光化門に取材に行くと、携帯電話には光化門がある鍾路(チョンノ)区や隣接する恩坪(ウンピョン)区の情報が入ってくるといった具合だ。

 さらに、感染拡大を防ぎ、接触者の検査をうながすために、感染者の動線がこと細かく公開されている。

 地方自治体のホームページでは、その地域に住む感染者がいつどこで何をしたのかが時間単位で分かるようになっている。感染者全員には1から9000番台まで番号が振られ、誰が誰の接触者なのかの説明もあり、どこで検査を受け、今はどこに隔離されているのかも一目瞭然だ。この情報をあぶり出すために、監視カメラに加えクレジットカードや、交通カードの利用履歴などのデータが活用されているのは言うまでもない。

 こうした政府の動きの根拠は「個人情報保護法」第58条1項第3号にある。「公衆衛生など公共の安全と安寧のために、緊急に必要な場合に一時的に処理される個人情報」に対しては、個人情報収集の制限から除外される。

 2015年のMERS拡散当時すでに、外交部(海外渡航歴)、教育部(学生名簿)、国土交通部(移動制限)、行政自治部(住民登録番号の提供)、国民安全処(既往歴)などの情報がやり取りされていた。

 さらに、2020年3月に「コロナ3法」と呼ばれる「感染病の予防および管理に関する法律」「検疫法」「医療法」が改定され、政府の権限を強化し、外国人にまでその対象を広げる措置を取った。

 名前は公開されないものの、当初は確診者(検査陽性者)が住むマンション名や年齢まで出ているため、若者がラブホテルに行ったりしている情報が出ると、ネットにおもしろおかしくさらされるという動きもあった。

 実際にソウル大学が2月に発表した世論調査結果によると、「自身が確診者となった時に、周辺から非難や追加の被害を受けることが怖い」とコロナ感染の恐怖について答えた人が最も多かった。

 こうした動きを受け、国家人権委員会は3月9日、「感染者の内密な私生活を守る方策を考え、求めるべきだ」との勧告を出した。今は、具体的な居住地は公開されなくなっているというが、それでも地域で確診者を知らせる速報でマンション名が出たりするなど、対応はまちまちだ。

 政府の情報公開を行う姿勢と、一人1台のスマートフォンから得られるデータ、さらに一人一つの住民登録番号で紐づけられる様々な社会的な足跡の記録が、「開放性」の正体だ。

ソウル市での確診者データの一例。#9864は韓国内で9864番目の確診者ということ。宿泊していたホテル、発症後に行ったレストランやカフェなど、細かい動線が記されている。現在の入院先も分かる。

「31番患者」を前に起きた専門家の論争

 話を少し戻す。2月23日に政府が危機警報を「深刻」段階に移行した際、すでに韓国第4の都市・大邱市では感染爆発が確実視されていた。「31番患者」と呼ばれる61歳の女性は、高熱や悪寒などの自覚症状があったにもかかわらず、500人近くが参加する新興宗教「新天地」の礼拝に参加し、知人の結婚式に出席するなど深刻な拡散者となった。

 大邱市ではちょうど、2月23日を境に確診者が大きく増え始めた。23日は310人であったが、1週間後の3月1日には2705人まで増えた。その後、大邱市さらに隣接する慶尚北道地域では、4月1日現在8000人を超える確診者が出た(大邱市6704人、慶尚北道1302人)。全体の8割を超えるため、その集中ぶりが分かる。

 だが大邱市ではこの時、知られざる葛藤があったという。この時の専門家の様子を、自身も慶尚南道でコロナ対策にあたる、慶南発展研究院の李官厚(イ・グァヌ)研究員(政治学博士)は31日、筆者にこう説明してくれた。

「感染病専門家の人たちによると、『新天地』信者の31番目の確診者を見つけるとともに、大邱市だけで1000人以上の有症状者を確認した時点で、今後数千人の感染者が出ることが確実視された。この時に専門家のあいだで『この水準の拡散なら、もはや統制は不可能だ。集団感染をさせて免疫を得る方向に変えて、生き残る人を生き残らせるしかない。それが教科書に出る方法だ』という立場と、『今は教科書を見る時でなく、一人でも多くの命を救う時だ。韓国の行政リソースとIT技術を組み合わせて、5000人でも1万人でも検査をしよう。私たちの方式でやってみよう』という立場のあいだで大論争となった。専門家たちが年齢や序列も関係なく、感情をむき出しにして論争をした。そして全数検査をすることで決まり、政府はそれに応えた。一種の冒険だった」 

 同様の内容を、国立がんセンターの奇牡丹(キ・モラン)教授(予防医学)も3月31日の韓国のラジオ番組で証言している。

「大邱での状況(31番確診者の存在)に気づいた時、すでに4000〜5000人の患者がいた。そしてベッドが足りない2000人の患者が家で入院待機をし、亡くなっていった」
「研修施設などを開いて患者を受け入れなければならないが、市や道(県に相当)の知事が1週間ほど決められなかった。その後、(軽症者用の)生活治療センターができて入院患者が軽減されていった。この1週間、専門家の間で『大邱は何をやっているんだ』と怒声が行き交った」(奇教授)

 筆者はこれを「確診者へのこだわり」と表現したい。韓国では感染者よりも「確診者」という言葉がはるかに多く使われる。これは医学的には検査を行い、新型コロナウイルス陽性となった人を指す。筆者はこの言葉を、新型コロナ感染者を不気味な、目に見えない存在ではなく、透明で開放的な情報公開の上で社会の一員として位置づける概念とあえてとらえたい。

 2月22日、韓国の丁世均(チョン・セギュン)総理は緊急会見でこう述べている。

「政府は状況を隠さず明かしている。国民も同じようにしてくれれば、ウイルスが隠れる所はない」

 この言葉は、当時から日に1万人以上の検査をやり続けている韓国政府の対応を特徴づけるものといえる。ある病院やビル、教会で集団感染が発生した場合、韓国政府はすぐに全数検査を行う。一度目が陰性でも、潜伏期間を考慮し二度目、三度目と続け、情報を明かしていく。この姿勢こそが、新型コロナウイルスに対する民主的な対応を続けようとする、韓国社会の動きを引き出した。

「民主的」の妙

 金剛立保健福祉部次官は3月9日の、外信記者向け記者会見でこう述べた。

「伝統的な感染病への対応体系は、封鎖と隔離を重要視し、それなりの効率性を持っているが、閉鎖性と強制性、硬直性に短所があった。これにより私たちは民主主義の毀損と、市民が受動的な存在に転落するなどの弊害も経験してきた」

 これを克服するための第1段階が前述してきたような情報公開と、新型コロナウイルスに逃げ場所を与えない政府のやり方だった。

 そして、社会はこれに「共同体精神」と「自発的な参加」で応えた。例えばマスク不足。一時は文在寅(ムン・ジェイン)大統領まで乗り出して、政府を叱咤するほど韓国ではマスク不足が続いたが、サムスンなどの大企業が増産支援に乗り出す一方で、政府はマスクに関するあらゆる情報をオープンにした。2月28日から今まで毎日、公的なマスク供給量を会見で明かしている。

 3月初頭から一人あたり週に2枚のマスクを買える制度が導入されたが、この時にも政府が関連情報を公開したことで、市民はマスクの入荷情報が分かるアプリを開発したり、最もシェアのある地図アプリで入荷情報がリアルタイムで確認できるようになるなどの改良がいち早くなされた。

 同じように、大邱での感染爆発についても政府は隠さなかった。ギリギリの状況を公開しながら2月24日の時点ですでに全国の医療関係者に協力を呼びかけた。無償ではなく派遣された民間の医師や看護師、臨床検査技士などにも報酬を支払うことを明記した。

 医師には45万〜55万ウォン(約4万〜5万円)、看護師には同30万ウォン(約2万7000円)を日ごとに支払うとした。最低1カ月の勤務なので、しっかりした報酬が補償されることになる。また、派遣期間が終わっても14日間の報酬を補償し、参加へのハードルを下げた。結果、500人以上の医師や看護師、臨床検査技士などが駆けつけ、医療崩壊を防ぐことができた。そして、メディアはこうした物語を拡散した。

「自発的な参加」は、政府の内部にも存在したという。先の李官厚氏はこう語る。

「慶尚南道の場合もそうだが、今は中央や上部の指示を待って動くという雰囲気ではない。創意的なアイデアがあれば、知事が『責任は自分が取るからやろう』となる。これが中国という権威主義的国家との差だと思う。新型コロナ拡散初期に、疾病管理本部が企業と協力して検査キットを急いで作ったのも、ドライブスルー検査も同様だ。それができる土台がある」

 李氏は「2015年のMERSの教訓が大きかった。権威主義ではウイルスを統制できないということだ」と続けた。4月に入り、大邱市での新規確診者は20人以下に減った。韓国は大量の死者を出すかもしれなかった大邱市の危機で国力を結集し、都市封鎖をしないまま乗り切った。

社会的弱者を想いながら

 ふたたび、『2015 MERS白書』を見ると、355ページに「公衆保健危機時の個人の自由と権利制限時の考慮事項」という表があり、以下のように記されている。

著者情報

ジャーナリスト

徐台教

ソ・テギョ

1978年、群馬県生まれの在日コリアン三世。小学校は朝鮮学校、中学校・高校は公立学校で学び、1999年からソウル在住。韓国の高麗大学東洋史学科を卒業後、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。現在「コリア・フォーカス」編集長。主な取材テーマは、朝鮮半島の分断、南北関係、韓国政治など。Yahoo!ニュースや日本メディアへの寄稿・出演多数。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。2022年、「第七回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。著書に『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社クリエイティブ)がある。

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