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2023年ガザ戦争の背景――ハマスの行動をどう読み解くか

中島勇(中東調査会協力研究員)

 2023年10月7日は、1世紀に及ぶパレスチナ紛争の歴史の中で、最悪の日として記録されるだろう。この日、ガザを実質統治するハマス(イスラム抵抗運動)の戦闘員ら約3000人が、イスラエル領内に侵入した。その結果、イスラエル人市民と兵士約1200人が殺害された。ハマス側の死者は1500人に達した。イスラエル建国後、1日で1200人近い死者が出たのは初めてである。驚愕したイスラエルは、ハマスに対する戦争を宣言した。10月7日からイスラエル軍はガザを空爆し、10月下旬には、ガザに入り地上戦に突入した。12月初旬でのパレスチナ人の死者数は、1万5000人を超え、ガザ内で、150万人を超える住民が避難を余儀なくされている。
 ハマスが引き起こした今回の事件は、イスラエル国民だけでなく、パレスチナ支持者にも衝撃を与えた。パレスチナ人の闘争を支持する人たちは、ハマスによるイスラエル市民の虐殺は絶対にゆるされないテロ行為であると糾弾しつつも、ハマスの行動に困惑し、イスラエルによる長年の占領にも責任の一端はあるなどと説明することを余儀なくされている。本稿は、ハマスの行動は、パレスチナ紛争とは別の視点で見るべきではないかとの立場からの仮説的論考である。

イスラエル南部の都市スデロットから見たガザ北部(2023年11月30日撮影)

ガザ戦争に無反応の西岸とイスラエル国内のパレスチナ人

 ハマスの行動を別の視点から見るために重要な事例となるのは、ヨルダン川西岸とイスラエルで起きている意外な現象である。通常、ガザで大きな事件が起きると、即時に西岸で反応あるいは呼応する動きが出る。逆のケースもある。しかし、2023年10月7日から始まったガザ戦争に関しては、西岸のパレスチナ人とイスラエル国民の2割を占めるパレスチナ人の間から連動する動きは出ていない。10月7日以降、西岸でのパレスチナ人の死者数は急激に増加したが、これは7日の事件に連動する動きを警戒したイスラエル軍が強圧的な手段を取ったためで、西岸のパレスチナ人が呼応した行動を起こした結果ではない。イスラエルは、パレスチナ人がハマスによる虐殺行為を非難していないと糾弾するが、西岸とイスラエル国内のパレスチナ人の冷めた対応は、消極的なハマス非難と解釈することができる。

イランとイラン支持勢力の反応

 一方、パレスチナ以外、それもガザから遠い地域でハマスを支援する動きが活発化している。イラン政府とイランの支持を得ているレバノンのヒズボラ(イスラム教シーア派住民を基盤とする武装組織)は、ハマスを称賛している。ヒズボラは、ハマス支援のために、イスラエル北部への小規模なロケット弾・対戦車ミサイル攻撃を行っている。またイエメンのフーシ派(北部のフーシ部族を主体とするイスラム教シーア派系の武装組織)は、イスラエルに向けて散発的にミサイルを発射(迎撃されている)したり、11月下旬から紅海を航行する商船で、彼らがイスラエルと関係すると見なす船舶への攻撃を開始している。
 イランとヒズボラに共通するのは、中東和平問題の当事者ではないが、イスラエルに強い敵対心を持っている点である。また両者は、反イスラエル政策を、国内での自分の権力基盤の強化に利用している。イエメンのフーシ派は、パレスチナ紛争とは無縁の勢力である。そのフーシ派がハマスを支援するためにイスラエルをミサイル攻撃し、イスラエルと関係すると見なす商船を攻撃する理由はパレスチナ紛争の文脈からは導けない。同派の行動については、イランの支援を受けた武装勢力が、イランの意を受けて、あるいは忖度してイスラエルを攻撃したと見たほうが筋が通る。イランの支援を受けたヒズボラやフーシ派は「抵抗の枢軸」と呼ばれる。イラクとシリアで活動するイラン系民兵組織もこの枢軸に属する。これらの組織は、イランの革命防衛隊から政治的、軍事的、財政的支援を受けており、時折、イランが敵対する国々(米国、サウジアラビアなど湾岸諸国、イスラエル)への武力攻撃を行う。しかし、イランはこれらの組織が行う武力行使には直接関係しないという立場が取れるため、「抵抗の枢軸」というのは、イランにとって利用価値の高い武装組織である。

パレスチナの大義を「乗っ取る」ハマス

 ハマスは、創設以来、長期にわたりイランからさまざまな支援を受けてきた。毎年約10億ドルの支援を受けているとの推定もある。ハマス要人は、頻繁にイランを訪問し、ハーメネイ最高指導者と会談している。こうした親密な関係を考慮すれば、ハマスはイランに非常に近い組織であるのは明らかであるが、さらに踏み込んでハマスは「抵抗の枢軸」の一部と見なすことも可能かもしれない。イスラエル市民虐殺を含むハマスの10月7日以降の行動は、パレスチナ紛争よりも、イランとの関連の文脈で見たほうが辻褄が合う。ハマスは「パレスチナの大義」を掲げつつ、しかし、実態は、パレスチナ人の闘争を、いわば乗っ取ってイランの意向に沿って対イスラエル武力闘争を展開しているとの見立ては可能だろう。イスラエル軍の攻撃を受けたガザ市街地の惨状と市民の死傷者数の多さを見れば、ハマスが、ガザ住民の利益のために行動していないことは明白だ。またイスラエルの隣に自分たちの国を創設しようとしているパレスチナの組織が、市民を残忍な方法で殺害し、イスラエル国民に自分たちに対して嫌悪感を抱かせる合理的理由は、パレスチナ紛争の文脈では見つからない。
 ハマスは、パレスチナ人が組織した運動体であるが、パレスチナ紛争の歴史の中では異端の存在だ。パレスチナの解放運動を主導してきたのはPLO(パレスチナ解放機構)である。同機構は、強制力の弱い統括組織である。考え方や立場は違っても、パレスチナの解放を目標とする組織群の集合体である。1987年末に創設されたハマスは、そのPLOに加盟したことは一度もない。またパレスチナ解放運動では、1980年末から大きな戦略の転換が起きた。西岸とガザにパレスチナ国家を建設する独立宣言(1988年)、パレスチナ自治開始で合意した「オスロ合意(通称)」(1993年)などイスラエルとパレスチナの関係を変えた宣言や合意のすべてにハマスは反対している。またハマスは、パレスチナ自治政府の権威を認めていない。
 そのハマスは、2006年にパレスチナ立法評議会選挙に参加し、第一政党になった。ハマスが勝利できたのは、有権者がPLOの主流派組織ファタハの腐敗にうんざりしていたためであり、またファタハが候補者を絞ることができず、候補者が乱立状態になり票が分散したためだった。ハマスは、候補者を絞り、票を無駄にしなかった。またハマスが地道な福祉活動をしていたことで支持者を獲得していた。この時、ハマスは、自治政府の立法評議会選挙に参加したのだから、オスロ合意を含むイスラエルとPLOの間の諸合意を承認するよう、改めて求められたが完全に無視した。この点で、ハマスは選挙という手段を利用してオスロ合意体制を乗っ取ったと見なすこともできる。さらに2007年にガザ内で起きたパレスチナ治安警察との武力衝突で勝利したハマスは、実質的なガザの統治者になった。この時、ハマスはガザの自治体制を武力で乗っ取った。
 その後2023年10月までの16年間に、ハマスとイスラエル軍との間で大規模な武力衝突が4回起きている。状況は違うが西岸では、この種の衝突は起きていない。また住民を「人間の盾」にするのもハマスの戦術の特徴である。西岸の武装グループが、住民を盾にしたことはない。ハマスは、パレスチナ国家創設ではなく、イスラエルを武力で打倒する姿勢を強めた。これはパレスチナ自治政府と完全に異なる方針であり、むしろイランやヒズボラに近い立場である。

国際世論の支援を求めないハマス

著者情報

中東調査会協力研究員

中島勇

なかしま いさむ

1953年福岡県生まれ。76年に上智大学文学部歴史学科を卒業後、80年より(財)中東調査会研究員。88~90年、在イスラエル日本国大使館専門調査員。著書に『中東新時代のパラダイム』(共訳、1992年、阪急コミュニケーションズ)などがある。

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