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なぜ日本では今の中国が理解されないのか――中国史で「一帯一路」の本質も読み解ける!

安田峰俊(紀実作家)

 そこで、政治的にイヤな面とは別の角度から中国に迫れないか。もしくは、本来は政治色のないトピックを深掘りすることで、政治的な中国を相対化できないか──。
 中国に行きづらくなった「中国屋」の一人である私の場合、最近はこういう角度の書籍を多く書くようになった。恐竜のトピックから中国を描いた『恐竜大陸 中国』(角川新書、2024年6月刊)や、中国史を切り口に現代中国を読み解こうとした『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書、2024年9月刊)は、まさにそういう本だ。
 恐竜はファン向けの話としても、「中国史」は現代中国を誤解なく理解するうえでは間違いなく重要なファクターである。だが、これは現代中国が専門のジャーナリストや研究者などの「中国がわかっている人」の間でも、意外と知識のエアポケットになっている分野だ。
 そもそも、現代の日本は直近の世論調査(内閣府「外交に関する世論調査」2023年9月)で「中国に親しみを感じない」と回答した人が86.7%に達するいっぽう、2024年夏に『キングダム 大将軍の帰還』が興行成績75億円、約513万人を動員するという、不思議な現象が起きている国である。
 つまり、世論はとことん「中国ぎらい」のはずなのに、日本人俳優が古代中国人を演じた映画が大ヒットを記録するという、大いなる矛盾が発生しているのだ。
 矛盾の理由は、現代の日本人が『キングダム』に象徴される中国史の世界と、現代の中国を完全に‟別物”だと考えているから、と考えるのが妥当だろう。始皇帝や諸葛孔明がいる世界は、一種の異世界ファンタジーみたいなもので、習近平が独裁体制を敷いたり日本人学校の児童が襲われたりと剣呑なニュースばかりが伝わる現代中国とは、何の関係もないというわけだ。
 これは現代中国のプロである「中国がわかっている人」たちでさえ、日本人である以上はとらわれがちな発想でもある。ただ、カッコいい中国古典世界と、ヤバい現代中国を切り分けて考える発想は、おそらく日本のオリジナルに近い考え方だ(他に台湾や韓国あたりならあるかもしれないが、日本のほうがはるかに濃厚だろう)。
 いっぽう、当事者の中国人にとっての中国史は「自分の国の歴史」であり、歴史と現代を切り分ける考えは持っていない。それどころか中国の場合、祖先を重んじる家族観念が強いことや、雄大な中国史が現代のナショナリズムを強化するうえでも役に立つことから、「歴史と現代」の距離感は日本と比べても圧倒的に近い。

 

唐の時代から理解する「一帯一路」

 ゆえに中国史の視点は、現代中国を理解するうえでは必須だ。
 たとえば、習近平政権下で採用されている「一帯一路」という世界戦略がある。すなわち、ユーラシア諸国との関係(陸のシルクロード)やインド洋沿岸諸国との関係(海のシルクロード)を強化する、中国の政治的影響圏と経済圏の拡大構想だ。
 一帯一路戦略は、昨今の世間で人気の地政学(国際関係学)の分野では、本来ランドパワー(陸上支配力)の国である中国がハートランド(ユーラシア大陸中央部)に対する影響力を強化するいっぽう、シーパワー(海上支配力)の掌握にも向かいはじめた現象として説明される。おそらく確かな見解なのだが、実はこれだけでは説明しきれない中国の内在的な論理も存在する。それを補完できるのが「歴史」の視点だ。
 その一例を挙げよう。2023年5月、日本で西側諸国を中心とするG7広島サミット(ウクライナのゼレンスキー大統領がサプライズ訪日したイベントだ)が開催された際、実は中国ではG7サミットとほぼ同日程で「中国・中央アジアサミット」なる国際イベントが開かれた。陝西省の西安に、一帯一路政策の陸のシルクロードの入り口にあたる中央アジア諸国の首脳が集められた会議で、明らかにG7サミットに対抗したイベントだ。
 この中国・中央アジアサミットは、唐王朝の旧都(長安)が置かれた西安で開催された。歓迎レセプションの演出は唐の儀礼の再現がモチーフとされ、場所は往年の唐の宮殿を模したテーマパーク、唐代の衣装を着た数百人のダンサーによる豪華なパフォーマンスがおこなわれた。
 いっぽう、このイベントに招待された国々(カザフスタン・ウズベキスタン・キルギス・タジキスタン)には、最も西南のトルクメニスタンを除いて共通点があった。いずれも、過去に国土の一部が、7世紀なかばから8世紀初頭の唐の最盛期にその影響下にあった(=世界史の参考書の地図では「唐の版図」として描かれる)地域なのだ。当時、唐の皇帝は、こうした中央アジアの諸地域の政権から天可汗(テングリ・カガン)と呼ばれ、君主として仰がれて朝貢を受ける立場にあった。
 唐代は現代の中国人にとって、往年の中華帝国の栄光を象徴する時代だ。現在の習近平政権のスローガンである「中華民族の偉大なる復興」も、漢民族の強大な王朝だった漢や唐、さらに文化強国だった宋あたりを「復興」するべき対象として位置づけている。
 往年のシルクロードの起点である唐の古都に、かつての唐の朝貢国だった諸国の首脳を、「陸のシルクロード」のスローガンを掲げる中国のリーダーシップのもとで集めて、唐代風の宮廷儀礼で歓待する行為は、中国側に明らかに一定の意図があったと考えていいだろう。
 いっぽう、一帯一路政策のなかでこれと対置される「海のシルクロード」諸国の多くも、かつて明の時代にインド洋各国に朝貢を求める遠征艦隊を複数回率いた鄭和の立ち寄り先と一致する場所にある国(旧朝貢国)が多い。現在、習近平が「海のシルクロード」諸国と外交を行う際に鄭和の事績を持ち出すのは定番だ(詳しくは拙著を読んでほしい)。

 

古代から現代へとつながる中国の底流を描いた安田峰俊氏の新刊『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)

 

中国の国家戦略を理解するには、中国史の知識を使え!

 中国史の発想をベースに考えた場合、現代中国の一帯一路政策は、往年の中華帝国の朝貢国の紐帯を復活させる──。つまり、往年の王朝時代のように、数多の「小国」たちに中華人民共和国が主導する国家間関係を受け入れさせる狙いを持つ国家政策だと説明することが可能である。
 さらに言えば、中国政府がアフリカ諸国に対して損得を度外視した援助外交を展開しているのも「朝貢」の視点で考えると説明しやすい。朝貢とは、中華の徳を慕う属邦に対して王朝が一方的に恩恵を施す行為でもあるからだ。また、中国が2023年夏ごろから沖縄に対して本格的に取り込み作戦を発動し、中国大使館関係者の頻繁な沖縄訪問や、中国国内での琉球研究センターの設置などを急速に進めはじめた動きの底流にも、往年の属邦との紐帯を再び取り戻したいという、一帯一路政策と共通する動機が存在すると考えられる。
 中国国内に足を踏み入れず、かといって現代中国がイヤになるような情報ばかりに感情を揺さぶられることもなく現実の中国を冷静に分析するには、中国史の視点はかなり「使える」のだ。
 近づけない中国をなんとか理解する試みは、なんとも苦労が多い。

著者情報

紀実作家

安田峰俊

やすだ みねとし

1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。朝日新聞論壇委員。『八九六四』(KADOKAWA)で2018年に第5回城山三郎賞、2019年に第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。他に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『さいはての中国』(小学館)、『性と欲望の中国』(文春新書)、『「低度」外国人材』 (角川書店)、『北関東「移民」アンダーグラウンド』(文藝春秋)、『戦狼中国の対日工作』(文春新書)、『恐竜大陸 中国』(角川新書)など著書多数。

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