南北統一は本当に限界なのか――韓国と北朝鮮それぞれの視点から見る南北関係の現在
石丸 南北が「2国家」になって、お互いが国交を結べば交流が進んで、また融和の道に行くんじゃないかというのは、私は納得がいかない部分です。なぜなら、金正恩さんが強く主張しているのは、2国家論ではなく断韓だからです。今、彼は、娘を頻繁に登場させて、一族支配体制を維持するために4代世襲をやるというメッセージを国内外に送っています。実際に娘が後継するかどうかはともかく、4代世襲のために、社会から韓国の存在を可能な限り消そうとして戦略的に「断韓」をやっていると私は見ています。なので、2国家になれば交流できる、というのは飛躍があると考えます。多分、大韓民国と国交を結ぶときは、北朝鮮が、軍事・経済的に相当な自信を持ったときでしょう。それは、いつのことになるか……。
西岡 例えば、韓国が2国家として南北が認め合うというアプローチをとるとしたら、どのような制度的な問題が考えられるんですか?
徐 韓国の現行憲法(1987年)では、第3条に「大韓民国の領土は韓半島とその付属島嶼(しょ)とする」とあって北側も韓国の領土だとしています(ちなみに、北朝鮮の憲法には領土条項がありません。金正恩は今まさに領土条項をつくって、それによって南がこれ以上踏み込んでこないラインをつくろうとしています)。
さらに第4条には、「大韓民国は統一を志向し、自由民主主義的基本秩序に立脚した平和的統一政策を樹立しこれを推進する」とあります。韓国式の自由民主主義を北側に移植するのが統一だということです。文字通り受け止める場合、北の体制がなくなるか大きく変わるということですよね。この二つの条項を何かしら変えない限り、2国家関係にはなれないわけです。例えば、「統一するまではこの条文は保留する」という一文を付け加える形もありえます。ただし、憲法改正というのは、まず国会で3分の2以上の議員が賛成し、さらに国民投票で半分以上が賛成しなければならないんです。いずれにしても、国民的な議論が必要になってきます。
西岡 韓国の新しいアプローチに対しては、保守派からも進歩派からも、抵抗が出てきますね。それをどのように乗り越えていけばいいんでしょうか?
徐 今、韓国の中では、進歩派と保守派の陣営対立が激しすぎて公論の場というのがありません。ただ、現在の統一部長官の鄭東泳(チョン・ドンヨン)は朝鮮戦争休戦協定の日(1953年7月27日)に生まれ、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代にも同長官を務めた人物なんです。彼は、自分の任期中に2国家関係を進めたいという強い思いを持っています。冒頭で紹介した韓国の世論調査でも、7割ぐらいが2国家でいいと言っている。あとは政治家の力量次第と見ることもできます。

平壌で北朝鮮の金正日総書記(右)と会談する韓国の鄭東泳統一部長官(左側中央)。(2005年6月17日)
南北関係とメディアの陣営対立
西岡 韓国内で議論を活発化するためにも、北朝鮮についての関心が高まる必要がありますが、近年は北朝鮮についての報道も減っているようですね。
石丸 コロナ前後から、急速に韓国で関心が薄くなりました。マスメディアも、まともに北朝鮮取材をしなくなりましたね。今の韓国メディアの体たらくの理由は二つあると思います。一つは、財政的な弱体化。紙の新聞は街なかでまったく見かけません。完全無料のネット記事のクリック数で稼ぐ収益構造が強まり、「こたつ記事」でちょっとうけ狙いの見出しをつければいい。大手の記者でも1日に何本もノルマがあって、取材している時間もお金もありません。
徐 国家情報院が国会を通じて最新の動向を月1ぐらいでブリーフィングするんですけど、メディアが独自取材をしていないから当局発表とは違うことを書けないんですよ。北と同様、南も今、当局発表しか出なくなっていて、南北政府のプロパガンダ合戦みたいになってしまっています。
石丸 もう一つはメディアの「南北関係への忖度(そんたく)」だと思います。90年代には北朝鮮問題に関して、ものすごくガッツのある記者がマスメディアにもたくさんいて、中国で捕まったりしながら取材を続けていた。だけど、南北協議が進んだ盧武鉉政権あたりから、突っ込んだ取材をあんまりやらなくなったように思います。「北朝鮮の暗部を暴露するのは良くない」という雰囲気が生まれたように思います。メディアが「南北関係に忖度」、つまり金正日政権を刺激しないように気を使うあまり、死角に光を当てようというジャーナリズムが当たり前にすべき取材が減り、それが後輩に引き継がれて習い性になってしまったのではないか。
徐 韓国の北朝鮮ジャーナリズムというのは、保守と進歩の陣営論にがんじがらめになってしまっています。保守陣営は常に北朝鮮を批判して、進歩陣営はなんとか対話の糸口を見つけようとする。そしてお互いがその脈絡で批判するわけです。だから、北朝鮮に関するどんな話も、批判的なのか融和的なのかというところで止まってしまう。

在日コリアンとして
西岡 徐さんの視点というのは、韓国で生まれ育った韓国人ジャーナリストじゃなくて、群馬県の高崎で生まれた在日3世として韓国を見ている独特の「距離感」があると思います。
徐 在日というのは、韓国内の陣営論からは離れたところにいるので、韓国にはない視点を持てるし、北朝鮮とのネットワークを持つ人もいます。李在明(イ・ジェミョン)政権の残り4年間でいい方向に行くように、日本のコリアンやまた世界700万人の在外コリアンたちが公論の場をつくり、韓国内の陣営対立で硬直化した状況を打開していくというのが大事だなと思っています。
西岡 金正恩が、「韓国とは同じ民族ではないし、統一はしない」と言っていることに対して、日本国内の朝鮮総連の関係者は、どのような受け止め方をしているんでしょうか?
石丸 朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」ウェブ版のロゴには、朝鮮半島の地図があったんですけど、消えてしまいました。
徐 総連のほうにも「朝鮮学校の教科書でもう統一とは書くな」とか「国歌の歌詞を変えろ」というお達しがきています。ただ、それへの対応は、地域によっても温度差があるんですね。東京や大阪など、それなりに組織の影響力が維持されているところは、指示に従っているようですけども、例えば近畿地方のある県は、運動会でも統一旗を使ったという話を聞いています。在日コリアンが、日本の中でいがみ合わないようにやっていくために大事にしてきた「民族」とか「統一」というものが、突如取り上げられてしまった。それはやっぱりショックですし、そうそう従うことはできないという心情は、よくわかります。

統一に対する韓国の潜在的な熱気
西岡 せっかくこれまで統一を目指してやってきたんだから、何とか統一への糸口を模索できないものなんでしょうか……?
石丸 南北分断を解消するためには、「民主化」と「一定程度の経済発展」と「対外開放」が必要な条件でした。韓国はそれを自分たちの力で実現した。闘って民主化を勝ち取り、努力して経済発展をし、外に開かれた社会になっていった。それで、北朝鮮にも、少しずつでも変化を促すように提案をしてきたけど、北朝鮮は、結局それを受け入れませんでした。
なぜ北朝鮮は変われなかったのか――それは、金一族統治が絶対化、国是化されているからです。北朝鮮には憲法、労働党規約も超越する「唯一的指導(領導)体系」という絶対の掟があります。金一族に絶対忠誠を誓い、絶対服従することを全国民、全組織が求められます。それに違反すると政治犯になります。韓国との統一を志向することは、「唯一でないもの」を認めることに繋がります。それが体制を揺るがすと判断した金正恩さんは、「断韓」し「唯一的領導体系」を徹底させることで、世襲による永久執権を目指すと決断したのでしょう。
著者情報
ジャーナリスト
徐台教
ソ・テギョ
1978年、群馬県生まれの在日コリアン三世。小学校は朝鮮学校、中学校・高校は公立学校で学び、1999年からソウル在住。韓国の高麗大学東洋史学科を卒業後、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。現在「コリア・フォーカス」編集長。主な取材テーマは、朝鮮半島の分断、南北関係、韓国政治など。Yahoo!ニュースや日本メディアへの寄稿・出演多数。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。2022年、「第七回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。著書に『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社クリエイティブ)がある。
ジャーナリスト/アジアプレス
石丸次郎
いしまる じろう
1962年生まれ。韓国の延世大学などに語学留学。93年より始めた北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境に約100回、1000人近い北朝鮮の人々に会う。2008年4月、北朝鮮在住者自らが取材した内容を中心にした雑誌「北朝鮮内部からの通信 リムジンガン」を創刊。著書に『北朝鮮難民』(講談社現代新書、2002年)『北のサラムたち』(インフォバーン、2002年)など。アジアプレス大阪事務所代表。
ノンフィクションライター
西岡研介
にしおか けんすけ
1967年、大阪市生まれ。1990年に同志社大学法学部を卒業。1991年に神戸新聞社へ入社。社会部記者として、阪神・淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。 1998年に『噂の眞相』編集部に移籍。則定衛東京高等検察庁検事長のスキャンダル、森喜朗首相(当時)の買春検挙歴報道などをスクープ。編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞を2年連続で受賞した。その後、『週刊文春』『週刊現代』記者を経て現在はフリーランスの取材記者。2008年、著書『マングローブ――テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』で、第30回講談社ノンフィクション賞を受賞。ほかの著書に『スキャンダルを追え!――「噂の眞相」トップ屋稼業』(講談社)、『襲撃――中田カウスの1000日戦争』(朝日新聞出版)、『トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉』(東洋経済新報社)などがある。