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憲法改正の条件はどうして厳しいのか

国際比較から見えてくる「憲法の意義」

伊藤真(弁護士/伊藤塾塾長/法学館憲法研究所所長)

 日本国憲法96条は、憲法改正の国民投票を提起するには国会両院の「3分の2以上」の議員による発議が必要と定めている。しかし安倍政権は、これを「過半数」に改めるべきだと主張し始めている。だがそもそも、改憲手続きはなぜ厳しく設定されているのか。改憲手続きの国際比較から、「憲法の意義」が見えてくる。

こんなに改正しにくい憲法は日本だけ?

 安倍政権が今、憲法96条を改正すべきだという声を大きくしています。96条は、憲法改正の発議要件を定めた条文です。自由民主党によれば、現在の改憲発議の要件は厳しすぎる、そのために必要な改憲ができない、こんなに改正が難しい憲法は世界的にも珍しい、96条改正によって憲法を国民の手に取り戻そう――ということになります。しかしそれは本当なのでしょうか。実際に各国の憲法の改正手続きや改憲の事例を検証し、考えてみましょう。
 現在の日本国憲法96条は、憲法を改正するために必要な国会での発議要件を、衆議院と参議院の総議員それぞれの「3分の2」としています。自民党改憲草案は、これを通常の法律案の可決成立の要件と同じ「過半数」に緩和することを提案するものです。自民党は、このように緩和する理由の1つとして、現行憲法の改正手続きが「世界的に見ても、改正しにくい憲法となってい」るからだとしています(自民党「日本国憲法改正草案Q&A」 P.34)。
 これは本当でしょうか。実際のところ、世界各国の憲法は改正手続きをどのように定めているのでしょうか。
 通常の法律よりも厳格な改正手続きを定める憲法を硬性憲法といいます。通常の法律は議会の過半数で成立するから、硬性憲法はそれよりも厳しい手続きが求められる憲法ということになります。硬性憲法でない国としてイギリス、イスラエル、ニュージーランド、タイがありますが、世界各国の憲法はほとんどが硬性憲法です。
 ではなぜ硬性憲法が主流なのでしょうか。それは、多数意思に基づく権力の行使にはあやまちを犯す危険があり、そうした権力行使に歯止めをかけることが憲法の役割だからです。
 民主主義国家では、世界中でどこの国でも、国民の多数意思に従って政治的なものごとが決められます。日本でもそうです。選挙で多数を占めた政党が国会の多数派になって立法権を担い、法律を作るなどしながら国の政策の根幹が決定されるわけです。国会で選ばれた内閣総理大臣が、国務大臣を選んで内閣を組織し、行政権を担います。その内閣が裁判官を選び、裁判所が司法権を行使する。国会、内閣、裁判所という国家権力の担い手は、国民の多数意思を反映しているのです。

多数意思に歯止めをかけるのが憲法の役割

 しかし、多数意思であっても、あやまちを犯す危険は常に存在します。そうしたあやまちは、フランスのナポレオン帝政やナチスドイツ、また国民の多数が熱狂的に戦争を支持した戦前の日本など、歴史のなかで何度も繰り返されてきました。最近でも、イラクに大量破壊兵器があるという情報を信じたアメリカ国民は、当時のブッシュ大統領が始めたイラク戦争を支持しましたが、大量破壊兵器は結局、見つかりませんでした。不正確な情報に踊らされ、ムードに流され、目先のことしか見えなくなり、冷静で正しい判断ができなくなる危険性が、私たちの社会にはいつも潜んでいるのです。
 それを避けるためには、人間の弱さに目配りしておく必要があります。あらかじめ、多数意思に基づく行動に歯止めをかける仕組みを用意しておくということです。実は、その仕組みこそが憲法なのです。ものごとには、多数決で決めるべきこともあるけれども、多数決で決めてはいけないこともあります。多数決でも変えてはならない価値として、人権や平和といった価値を前もって憲法の中に書き込み、民主的正当性をもった国家権力に対しても、これを守らせる。こうした考え方を立憲主義といいます。立憲主義の考え方に立てば、多数意思に基づく権力行使に歯止めをかけることこそが憲法の役割なのだから、その憲法が過半数の多数決で変えられてしまうことがあってはならないのです。
 硬性憲法が求める「厳格な手続き」のバリエーションは、国により時代により異なります。100の国に100通りのバリエーションがあるといっても過言ではありません。ただ、厳格さの形をまとめると以下の3つに整理できます。
(1)議会手続き型:議会の議決手続きについて、表決数を「3分の2」にするなどして通常の法案よりも厳しくするタイプ
(2)憲法会議型:通常の法律を作る国会とは別の、特別な憲法会議で決定するタイプ
(3)国民投票型:通常の法律とは異なり、国民投票で決定するタイプ

世界の憲法改正手続きをみる

 ヨーロッパの憲法に多くみられるのは(1)型で、様々なバリエーションがあります。
たとえば、チェコやスペインでは、国会での表決数を5分の3としています。スペインでは、議会が改憲案を5分の3で承認すれば改正できます〈(1)型〉が、いずれかの院の議員の10分の1以上の要求があれば、さらに国民投票を行うことが求められます〈(1)かつ(3)型〉。実際、1992年と2011年に(1)型で改正が行われました。1992年の改正は、地方自治体の選挙で外国人の被選挙権を互恵主義の下で認めるもの、2011年の改正は、財政健全化条項を挿入するものでした。改正の内容が、人権の拡大を求めるものと、政府に規律を求めるものだったことは重要です。
 議会の表決数を3分の2としている国には、ポルトガルやドイツなどがあります。ポルトガルは一院制の国なので、二院制の国に比べると手続きは緩やかです。改正しにくいかどうかを比べるときには、このような議会の構成にも注意する必要があります。ドイツでは、1949年の西ドイツ時代に制定されたボン基本法(憲法にあたる)について35回、90年の東西統一以降は24回、戦後は通算59回の改正が行われています。おおむね1年に1度のペースです。ドイツでの改憲の回数の多さと単純に比較して「日本の憲法は改正しにくい」といわれることもあります。しかし、回数が多いのは、連邦鉄道の民営化や郵政民営化など、日本では法律で定めていることや細かい事務的内容が基本法で定められていること、また日本では問題にならない連邦と州との関係を頻繁に見直しているためです。
 また、表決数の要件を厳しくする以外に、議会の再議決を求めるタイプもあります。たとえばイタリアでは、3カ月以上の間隔を置いて連続する2回以上の審議で改憲案が可決されることを求め、2回目の表決で3分の2の賛成が得られなければ国民投票にかけられます。この手続きでイタリアは戦後15回の改正を行いました。抜本的な改憲論もありましたが、実際の改正内容は、上院の任期の変更や議員の不訴追特権の一部廃止など統治機構の規律に関わる小規模のものにとどまっています。

24回も改正されたフランス憲法

 ベルギー、オランダ、アイスランド(一院制)、フィンランド(一院制)などでは、議会が改正案を可決した後、解散して選挙を行い、選挙後の新たな議会が改正案を3分の2で再議決することが求められます。「再議決」ではありますが、国民投票に近い仕組みです。
 アメリカの改憲手続きも、議会での手続きを厳しくする(1)型です。合衆国憲法の修正(改正)は通常、「連邦議会の両院の3分の2の賛成による発議」を受けて、「全州の4分の3の州議会の賛成による承認」を経て行われます。この方法に従って、45年以降、6回の修正が行われました。ただ、修正案の提出自体は1787年以降で1万1000件以上あるといわれています。これは合衆国憲法がいかに改正しにくい憲法であるかを物語っています。ちなみに、修正された6回の内訳は、大統領の3選禁止、コロンビア特別区市民への大統領選投票権付与、連邦選挙における人頭税の撤廃、大統領職の継承および代行、選挙年齢の満18歳への引き下げ、連邦議員の任期途中の歳費引き上げの禁止でした。ここでも、改憲の内容は、人権を拡大したり、統治機構への規律を強めるものになっています。
 フランスでは、政府が改正案を提案し、これを「両院合同会議」という特別の憲法会議が5分の3で可決する方法〈(2)型〉、大統領が憲法改正案を国民投票にかける方法などもありますが、基本的には、両院の過半数で可決された改正案が国民投票にかけられ、そこで過半数の承認を得れば改正される〈(3)型〉というものです。最後のタイプは、自民党が昨年に発表した、改憲要件を緩和する憲法改正草案に似ています。
 このような方法によって1958年に制定された現行の第五共和国憲法は、現在までに24回改正されています。ただ、第五共和国憲法には人権規定がほとんど存在しないため、24回の大部分は統治機構に関する改正となっています。2008年7月には50以上の項目に及ぶ大改正が行われ、大統領の強力な権限を認めてきた従来までのあり方から、議会の権限を重視する方向を目指しています。いずれにしても、人権を制約したり、権力への拘束を緩めるような改正は行われていないようです。

日本で改憲が行われなかった理由

著者情報

弁護士/伊藤塾塾長/法学館憲法研究所所長

伊藤真

いとう まこと

1958年生まれ。東京大学法学部卒。在学中に司法試験に合格し、司法試験受験指導を始める。現在、「伊藤塾」塾長として法律資格試験の受験指導を行う。著書に『中高生のための憲法教室』(2009年、岩波ジュニア新書)、『憲法問題』(13年、PHP新書)、『現代語訳 日本国憲法』(14年、ちくま新書)、『増補版 赤ペンチェック 自民党憲法改正草案』(16年、大月書店)、『私たちは戦争を許さない 安保法制の憲法違反を訴える』(共著、17年、岩波書店)など多数。

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