人身取引の被害女性はどこへ行くのか?
女性たちが施設を退去する時
1階には広い食堂があり、食事はみんなでする。食堂わきの庭には、またしても犬小屋があり、「うめちゃん」という犬が迎えてくれた。横田さんの顔を見るだけでごろんと転がり、お腹を見せて「撫でて」と甘える。うめちゃんは東日本大震災の時に福島県で被災した犬で、いずみ寮で引き取ったのだという。
いずみ寮の中では、犬好き女子による「ワンダフル同好会」が結成され、交代で2匹の犬の世話をしているそうだ。
そんないずみ寮の門限は、夜8時30分。食費や家賃などはかからず、身の回りの日用品の購入費として月2000円が支給される。携帯電話の所持も可能だが、「同じ勤務先で1年以上外勤する」などの条件がある。通話料をはじめ全費用が自己負担だからだ。施設内の工房で作業して貰えるのは、月7000円程度。
こうした生活を送っている彼女たちは、今後どうなるのか?
なんとか自立できる人もいれば、保護の対象からはずれて別の施設に移る人もいる。入所中に高齢になってしまい、そのまま老人ホームに入る人もいる。
横田さんによると、つい最近も50歳の女性が、15年以上慣れ親しんだこの施設を「卒業」したのだという。
その女性は知的障がいと精神障がいを抱え、小学生のころから父親に性暴力を受けてきたという。後々出会う男性からは暴力を受け、また父親によって強制的に結婚させられた夫からは、売春を強要をされてしまう。結果、悲惨な環境で出産することとなり、養育力も不十分、売春強要という過酷な生活の中でわが子を虐待してしまったのだ。女性として、母として、支援が必要でありながら長期にわたって見過ごされてきた女性が、なんとかいずみ寮につながったのが15年前。
施設に来た当初、その女性は「ご飯を食べられなかった」という。夫からは1日1000円しかもらえず、子ども共々毎日をカップラーメンでしのぐ生活だったため、他のものを受けつけなかったのだ。
しかし、いずみ寮で暮らし始めた彼女は、何年もかけていろんなものを食べられるようになる。生活のリズムも整えられるようになり、施設内の喫茶店で働いて、上手にコーヒーもいれられるようになった。奪われてきたものを、彼女は15年かけて徐々に取り返していった。今、その女性は別の施設に移り、お年寄りの介助や掃除の仕事をして収入を得ている。
「支援される側だった彼女は、ようやく今、主体的に生きていることを実感しているのです。先日は、その施設の人たちと一緒に、大きな舞台で歌を披露しました。自分らしく、自分のために生きている彼女から、『生きてる』というものすごい躍動感を感じて本当に感動しました。15年間、あきらめずに支援してきて本当によかった……そう、思っています」
人身取引は他人の人生を奪う
15年といえば、35歳から50歳。
彼女には、それだけの時間が必要だったのだ。別々に暮らしている彼女の子どもも、今では結婚しているという。
藤原さんはいう。
「その女性が小学生から50歳になるまでの、人生の大切な期間を、性暴力が奪ったということですよね。その間、行政やいずみ寮の人たちが、かけがえのないマンパワーやお金を投資して、やっとここまで来れた。性暴力が、どれだけ女性を傷つけ、その後の自立までにどれほどの時間がかかるか、本当に多くの人に知ってほしいですよね」
人身取引の被害は、なかなか表に出てこない。とくに被害者に知的障害があったりすると、告発はさらに困難となる。横田さんは、時に売春をしなければ生きられなかった彼女たちのフラッシュバック(強い心的外傷による記憶の再生や妄想など)を目の当たりにしてきた。
「私たちは、売春そのものが性暴力だと思っています」
横田さんは、はっきりといった。
日本は悪い意味で、性風俗に大らかな社会だ。だけど売買される性の持ち主には心があり、その傷を癒すのには、時に気が遠くなるほどの時間がかかる。いずみ寮を訪れて、女性たちが「奪われたもの」の大きさに、改めて言葉を失った。
その一方で、「もう悔しくて悔しくて……」と繰り返しながら話す横田さんの存在に、何度も救われる思いがしたのだった。
著者情報
人身取引被害者サポートセンターライトハウス代表
藤原志帆子
ふじわら しほこ
1981年生まれ。98年にアメリカ合衆国のウィスコンシン州立大学に留学。在学中に人身取引問題について学び、卒業後は被害者支援団体ポラリスプロジェクト(本部・ワシントンD.C.)に勤務。2004年、日本事務所のNPO法人ポラリスプロジェクトジャパンを設立。14年からは団体名をライトハウスに改め、日本における人身取引被害の電話相談や救援、啓発や教育を目的とした講演活動等を行っている。
作家、活動家
雨宮処凛
あまみや かりん
1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。