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社会問題

はまりやすく抜け出しにくいネット依存から、一体どう立ち直るか?

依存から脱却への道のり

黒川祥子(ノンフィクションライター)

 昼夜逆転の生活を変えたいなど、本人に現状を変えたいという気持ちが強くある場合に限り、入院治療を選択する。平均入院期間は6~8週間。入院中はネットに接続できない。規則正しく寝食する中で昼夜逆転が解消し、低栄養状態から回復できる効果もある。
 入院中、三原さんによる週3回のカウンセリングと、通算12回の認知行動療法プログラムが行われる。これらを通し、退院後の生活をどうしていくかを徹底して話し合う。とりわけネットに代わる他の趣味として、より健康的な代替物を一緒に考えていくことが重要だ。樋口院長はこう語る。
「すべての依存は『頭の記憶』が原因にあるのです。ゲームの興奮、仲間との絆などによる多幸感が本人を支配し、もう一度味わいたいと思わせています。この記憶を、よりポジティブでリアルな体験で得られるようになれば、ネットに依存する必要はないわけです。それを一緒に探して行こうというのが治療なのです」
 三原さんは、依存からの脱却がうまくいくケースには家族の協力が大きいという。
「病院にお任せするのではなく、ネットの代替物として例えばテニスを再開しようとなっても、家族の協力がなければ退院後、あっという間に元に戻ってしまいます。パソコンは、いつも机の上にありますから」
 

NIPでリアルな楽しみを探す

 ネット依存の治療にデイケアのグループ療法が取り入られているのが、同センターの大きな特徴だ。それが2012年6月にスタートした、NIP(New Identity Program)である。
 外来に通院している人を対象に、毎週水曜、9~15時まで、ネットなしで過ごす楽しみを見つけることを目的として活動が行われている。参加者は平均10人程度。午前中はバドミントンや卓球などの運動で汗を流し、病院食と同じ昼食を心理士や医師と一緒におしゃべりしながら食べ、午後は美術など趣味の活動や、グループミーティングを行う。医師や看護師、栄養士などによるレクチャーや、希望者には臨床心理士による対人関係の訓練(SST ; social skills training)も行われる。
 なぜ、NIPの活動を始めたのか。樋口院長はこう語る。
「患者さんは何かの機会を強制的に作らないと一日中、オンラインゲームをやっている。はるばる当院までやってきて一日過ごすというのは、そのサイクルを壊す試みです。もう一つの目的は彼らの生活のサイクルに、ネット以外の何かを入れていくということ。スポーツをする、仲間と話す、散策するという活動を通して、ゲームが世界のすべてではないこと、他に何か楽しいことがあることを、体験としてわかってほしいのです」
 当事者同士のグループ活動だからこその良さもあると、NIPの活動を当初から担っている三原さん。
「グループミーティングでは、診察では言わないような話が出てきたり、ゲームに詳しくない私たちではわからないことを突っ込んだりという場面が頻繁にあります。例えばFPS(First Person Shootinggame、一人称視点で遊ぶシューティングゲーム)にはまっている子に、別の子が『アカウントを削除しないとダメだ』とアドバイスをする。それは私たちが話すのと重みが違う。当事者だからこそ、アカウントを消すことによる心理的なダメージも、そうしなければ抜け出せないということも知っているのです」
 集団活動を通して得られる喜びも、治療の上では重要だ。集団の中で自分が受け入れられたという実感は、学校へ戻る自信にもつながる。最近では子どもたちの要望で、鎌倉や江ノ島への遠足を行った。三原さんはNIPの活動を通して得た実感をこう語る。
「彼らを見ていると、あらゆる実体験がとても少ないことを感じます。最も大きいのは、集団の中で楽しく笑える体験ですね。年長の子は年下の子の面倒を見るし、下の子は上の子にかまってもらえるのがうれしいようです。NIPを通して人とつながっていることで、外での活動がしやすいのであればうれしいです」
 NIPの日だけはネットから離れてやってくる子、一度は卒業したが依存状態に戻ってしまい、再び通ってくることもなく、家族としか連絡の取れない子もいる。そんな彼らを見ていると三原さんは「ネット依存の深刻さ、再発のしやすさ」を思わざるを得ない。

ネット依存を食い止めるには?

 初診を待つ患者の多さが物語るのはサービスが多様化すればするほど、新たなネット依存が生み出されているということだ。そして一旦はまってしまうと治療には時間がかかり、回復には大きな困難が伴うこととなる。
 未だ、ネット依存の深刻さについて正しい社会的認知がされているとは言い難い。しかし不登校や家庭内暴力、低栄養など「目先」の問題だけでなく、仮に10年間、ネット漬けの日々を送った場合、その先にどんな未来が待っているのか。人生の大事な時期に社会経験を放棄することは、取り返しのつかない事態をもたらす危険性もある。その意味でも治療機関への受診は大きな鍵であり、久里浜医療センターの先駆的試みは極めて重要といえるだろう。今後、全国各地にネット依存専門の治療機関が増えていくことを望みたい。

著者情報

ノンフィクションライター

黒川祥子

くろかわ しょうこ

1959年福島県生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。業界紙記者などを経てフリーライターとなり、家族の問題を中心に執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『熟年婚』(河出書房新社)。 また、橘由歩の筆名で『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき』(PHP研究所)、『身内の犯行』(新潮新書)、『セレブ・モンスター』(河出書房新社)、『全国ごちそう調味料』(幻冬舎)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『PTA不要論』(新潮新書)、『8050問題』(集英社)、『心の除染』(集英社文庫)、などがある。息子が二人いるシングルマザー。

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