子どもや若者にまで広がる家族介護の現状
澁谷智子(成蹊大学文学部現代社会学科教授)
(構成・文/中澤まゆみ)
――澁谷さんは、ヤングケアラーたちに実際にインタビューもされているんですよね。
澁谷 今のところは20代、30代の元ヤングケアラーや若者ケアラーにお話を聞いています。その方たちによると、ヤングケアラーや若者ケアラーは、ケアをしている時には、自分のことを人に知られたくないという気持ちがあるんですね。学校では誰もおむつの話なんてしていない。友だちから浮いてしまいたくないとか、恥ずかしいとか、そういった気持ちもあるようです。また、若者ケアラーが就職や結婚を考えるときには、ケアラーというレッテルがつくことを恐れる思いもあります。職場で使いにくい奴と思われるんじゃないか、腫れ物のように扱われてしまうのではないか、というためらいもあります。
メディアの方からはよく、ヤングケアラーや若者ケアラーを紹介してほしいと言われるんですが、実際、公に語れる状態にまで至っていない人が多いんです。自分の話をすることで、「子どもに介護をさせて、親は何をしているのか」などと家族が非難されてしまうと思う人もいるし、話はしてもいいけれども、顔も名前も出さないでほしいという人もいます。
介護のために進学を断念…ケアにのめりこむ子どもたち
――日本ではこれから、医療保険、介護保険がだんだん使いにくくなってきます。それと同時に「病院から在宅へ」ということで、いったん社会化された介護が家族の負担に戻ってくるという時代になってくる。そうすると、ヤングケアラーの問題は、ますます深刻になりそうですね。
澁谷 本当にそうだと思います。在宅介護では、家族が担い手ですと言われ、家族だから介護をするのはしょうがないという認識が共有されているなかで、とくに成長期にある子どもにとっては、どこまで介護したら危険なレベルになるのかという基準も作っていかないといけないと思うんです。それが今はない。
どこからのサポートもなしに、子どもが2年以上ケアの責任を担うと、かなり深刻な影響が出るという研究報告もあります。「ケアを掘る」という言い方がいいのかわかりませんが、若ければ若いほど、より良いケアを目指してがむしゃらに頑張ってしまうところがあるように思います。
――具体的にはどんなふうに?
澁谷 例えば、嚥下障害のあるおばあちゃんの食事をとても細やかに作っていた若者にインタビューしたことがあります。レトルトの介護食を買ってきても、おばあちゃんは「このどろどろしたものは何?」と嫌がって食べてくれない。そこでおばあちゃんが子どものころ何を食べていたのかを調べて、郷土食を作ったそうです。高校生がおばあちゃんののどに詰まらないように、軟らかさを考えて食事を作るんです。
この方は結局、高校を中退して介護に専念するようになったんですが、おばあちゃんが一度にたくさん食べられないので、1日4回ごはんを作っていました。もちろん、排泄介助や失敗しちゃったもののお掃除、夜中のケアなどもあるわけですが、さらに、おばあちゃんが満足するように、より行き届いたケアをしようとしていたところはあったように思います。
また、20代の初めに、病院に泊まり込んで、3カ月間、集中的におじいちゃんのケアをしたという人もいました。病院にいるといろんな医療的知識も入ってくるので、拘縮を防ぐために手足や頸のリハビリをしたり、夜中に呼吸が止まるおじいちゃんをゆすって起こしたり、唾液や汗を拭いたり、とことんまで頑張ってしまう。目の前の介護をやるって決めたからには、それをやりきろう、と一生懸命になってしまうんです。
――自分のことを顧みずに頑張ってしまうんですね。
澁谷 そうなんです。家族介護の重要性が叫ばれるほど、これから社会を担っていく若い世代が十分な育ちを得られるようにしていくこと、ちゃんと社会とつながれるシステムを作っていくことが大切だと私は思います。ケアを担う子たちが自分の健康を損ねたり、精神的に病んでしまったり、自分自身の生活を経済的に支えられる見通しが立たなくなってしまったりすることが、現実問題として危惧(きぐ)されているので、そうしたことに対するサポートも含め、10年20年先を考えて、子どものケアの基準というものを提案していきたい。行政の責任で、これ以上は子どもがしていいケアではないという基準をきちんと作り、子どもの教育の機会と育ちが守られるようにしていかなければいけないと思うんです。
子どもの心身に深刻な影響を及ぼす可能性のある介護とは?
――ケアの基準の一つとして、先ほどおっしゃった「危険なレベル」のケアには、どんなものがあるのでしょうか。
澁谷 イギリスで言われている基準では、まず夜間の介護。子どもがケアのために夜中に起きるという状況ですね。それから、子どもが無理な姿勢で大人の体を抱え上げることなどもそうです。例えば車椅子への移乗などは、子ども自身が身体にかなり慢性的な損傷を負ってしまうことがあるので、危険だと言われています。あとは排泄介助、入浴介助のような、相手の肌を見てしまう介護も、子どもの感情面を考えた時に望ましくないとされています。
ほかに、私自身が長年関わってきた範囲で言うと、子どもが担うにはふさわしくないレベルの通訳もあると思っています。例えば商品のクレームや、事故などの責任の所在の議論、不動産や借金関係の通訳ですね。子どもが本来だったら聞かなくてもいいことを聞き、しかもそれを判断して伝えなくてはいけないということなので、こういった局面からも子どもが守られていてほしいと強く思います。
ケアに関わる子どもたちは、見えにくいけれども確実に存在しています。その子たちが心身ともに健やかでいられるようにするためには、まずヤングケアラーの定義や基準をしっかり決め、実態調査を進めること、そしてその次の段階として、当事者たちが体験を話し合うことができ、大人からのアドバイスを受けられる場をつくることが急務だと思っています。
――それにはさまざまな機関が連携し、子どもが孤立しない支援を地域の人たちと一緒に考えていくなど、行政の関わりも必要です。もちろん法整備も重要ですね。
澁谷 はい、そう思います。
著者情報
成蹊大学文学部現代社会学科教授
澁谷智子
しぶや ともこ
1974年生まれ。東京大学教養学部卒。ロンドン大学をへて東京大学大学院博士号取得。2012年から成蹊大学で教鞭をとる。専門は社会学。社会福祉のほか、手話やヤングケアラーについても研究している。著書に『コーダの世界――手話の文化と声の文化』(医学書院、 2009年)、『女って大変。――働くことと生きることのワークライフバランス考』(共著、医学書院、2011)がある。