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新型コロナウイルス対策への提言 〜これまでの経緯を振り返り方向修正を

上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 ただ、このように規制が緩和されても、状況は変わらなかった。なぜ増えないかといえば、クリニックの医師は民間検査機関にPCR検査を依頼できないからだ。

 現段階では民間の検査機関は、一般の医療機関からの検体を受け付けていない。大手民間検査会社を経営する「みらかホールディングス」が医療機関に配布した文書には、「本検査は厚労省及びNIID(筆者注:国立感染症研究所)のみから受託するもので医療機関からの受託は行っておりません」とある(2月12日現在)。

 結局、帰国者・接触者相談センターが判断するという従来のやり方は変わっていない。では、同センターはどの程度、PCR検査が必要と判断したのだろう。運用が変わった3月6〜9日の間に、2万7134件の相談があったが、検査を受けるため帰国者・接触者外来を受診したのは、1237件(4.5%)に過ぎなかった。大部分を断っており、状況は運用変更前と変わらない。

 興味深いのは、この期間に国立感染症研究所、検疫所、地方衛生研究所で2922件のPCR検査を実施していたことだ。帰国者・接触者外来を受診した人が全て検査を受けていたとしても、その2.36倍の人が別のルートで検査を受けていることになる。

 このような人の存在を知れば、なぜ、厚生労働省がPCR検査を嫌がるかが見えてくる。実は、別ルートで検査を受けた人たちの多くが「濃厚接触者」だ。

 厚生労働省は「濃厚接触者」を「『患者(確定例)』が発病した日以降に接触した者のうち、次の範囲に該当する者」と定義している。そして、その条件に「患者(確定例)と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった者」「適切な感染防護無しに患者(確定例)を診察、看護若しくは介護していた者」「患者(確定例)の気道分泌物もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者」「手で触れること又は対面で会話することが可能な距離(目安として2メートル)で、必要な感染予防法なしで、『患者(確定例)』と接触があった者(患者の症状などから患者の感染性を総合的に判断する)」とある。

隔離予防の歴史がPCR検査を阻んでいる?

 注目すべきは、この定義を含めて一連の対策が、国立感染症研究所が中心となった「積極的疫学調査」という枠組みで実施されていることだ。形式上は「疫学調査」(人の集団を調べて様々な病気の広がりや原因・危険因子を明らかにし、予防や治療の方法を探る研究のこと)なのだ。このような形になったのは、わが国の感染症の歴史に負うところが大きい。

「積極的疫学調査」が導入されたのは、1998年の感染症法制定時だ。それ以前は、1897(明治30)年に制定された伝染病予防法に基づき、感染者や接触者を強制的に隔離してきた。ハンセン病などでの隔離が社会問題化していた当時、強制隔離に科学的合理性を持たせるために厚生労働省が考えついたのが、接触者を調査し、確定診断し、そして隔離対象とするという枠組みだ。

 この枠組みが現在も利用されており、感染者と周囲の接触者を隔離することで、感染の蔓延(まんえん)を防ぐという前提に立っている。新型コロナウイルスは中国で発生した新しい病原体だから、水際対策と「積極的疫学調査」が上手く機能していれば、国内には蔓延していないことになる。国内で流行していないのだから、感冒症状の患者がいても、PCR検査は不要という論理になる。

 結果、患者や担当医が希望しても、検査を受けることができない「検査難民」が常態化している一方、感染者が出ると保健所の職員は行動調査や濃厚接触者捜しに忙殺されることになる。もし、「濃厚接触」の基準を満たせば、全く症状がない人でもPCR検査が実施され、陽性となれば指定病院に隔離入院、陰性なら自宅待機となる。3月13日、兵庫県の県立尼崎総合医療センターで30代の男性看護師に感染が確認され、濃厚接触の基準を満たした医師ら11人が自宅待機となったケースなど、その典型だ。

 3月19日の神戸新聞によれば、兵庫県では154床の感染病床の約半数が新型コロナウイルスの患者で埋まっている。入院中の84人のうち、重症は6人で、残る78人は本来入院の必要がない患者だ。多くが濃厚接触者なのだろう。

国内で蔓延しても発見できない危険性

 このようなやり方は、伝染病予防法で規定されたコレラ、赤痢、腸チフス、パラチフス、痘瘡(とうそう、天然痘)、発疹チフス、ジフテリア、流行性脳脊髄膜炎、ペスト、しょうこう熱(いわゆる十種伝染病)には有効だったかもしれない。症状が出ない不顕性感染の問題があるものの、コレラは大量の下痢と嘔吐、赤痢は腹痛・下痢、時に膿粘血便と特徴的な症状を呈するからだ。診察する医師が見落とすことは少ない。

 新型コロナウイルスは違う。症状は軽微で、風邪と区別できないことも多い。時に無症状だ。どんな名医でも見落としは避けられず、診断されるのは氷山の一角だ。

 3月25日現在、日本ではクルーズ船を除き、1160人の感染、43人の死亡が確認されている。致死率は3.7%だ。偶然見つかった患者を足がかりに、濃厚接触者を徹底的に探して、陽性者を隔離しても感染拡大は防げない。

 厚生労働省は新型コロナウイルス感染症を感染症法の2類相当に指定した。急性灰白髄炎(ポリオ)、結核、ジフテリア、SARS、MERS、高病原性鳥インフルエンザと同じ扱いだ。新型コロナウイルスの発生当初、最悪の事態に備えるという意味で、この対応は妥当だった。そして実際に水際対策を徹底し、「積極的疫学調査」を始めたことも妥当だ。

 問題は、状況が変わってもこの方法に固執していることだ。これでは国内で蔓延してもそれに気付けない。感染者を見つけ、濃厚接触者を検査し、クラスター(小規模な感染者集団)を形成していると結論するしかない。呼吸器症状や発熱を呈する患者の95%以上がPCR検査を受けていないのだから、市中の流行状況は分からない。厚生労働省は、現在も国内では感染が拡大していない流行初期という姿勢を変えていない。

 3月14日、安倍晋三首相は記者会見で、国内の感染者数が1万人当たり0.06人と、中国や韓国、イタリアなどヨーロッパ各国、中東諸国よりも少ないと説明し、「現時点で、緊急事態を宣言する状況ではない」との見解を示した。日本の世論は、安倍首相のこのような見解を支持している。

 3月11日夜、ソフトバンクグループの孫正義代表取締役会長兼社長が、自身のツイッターアカウントで「簡易PCR検査の機会を無償で提供したい。まずは100万人分」との内容を投稿したが、約2時間後には「評判悪いから、やめようかなぁ」と急に撤回した。これはPCRの検査数を増やすことに反対する医師や一般人がSNSなどで反対したためだ。

経緯を振り返って方向修正が必要な時

 このような日本の対応は、世界から奇異の目で見られている。3月16日、WHOのテドロス事務局長は「疑わしいすべてのケースを検査をすること。それがWHOのメッセージだ」と記者会見で述べた。新型コロナウイルスの問題では、私は様々な海外メディアからの取材を受けているが、多くの記者が、テドロス事務局長の発言は日本が念頭にあると考えている。

 彼らにとっては、PCR反対論者のダブルスタンダードも奇妙に映る。新型コロナウイルスの感染の可能性が低い人にPCR検査を行えば、様々な問題が生じると言うのだが、全く症状がない濃厚接触者にPCR検査を行うことは問題視しない。医学的には説明がつかない。

 なぜ、日本政府はここまでPCR検査に反対するのだろうか。それは、PCR検査が増えると困る人がいるからだ。

 まずは安倍総理や加藤勝信厚生労働大臣だ。彼らは水際対策や感染管理によって、国内での蔓延は食い止めているという立場を取っている。PCR検査を増やすことで、多くの人が感染しているとが分かれば、彼らの主張が間違っていたことになる。厚生労働省も同様だ。省内で感染対策を司るのは、健康局と国立感染症研究所だ。医師免許を持つキャリア官僚である医系技官が仕切っている。その資質に問題があることは様々な場で論じられてきた。今回、また失態を犯せば、その権限はますます失われる。

「積極的疫学調査」の枠組みは、彼らに様々な権限と予算を与えてきたが、医師の指示に基づき、ドライブスルーなどでPCR検査が実施できるようになると、このような権限は失われてしまう。費用は公費でなく、健康保険で支払われるようになるため予算は削減され、情報を独占することが不可能になる。

 新型コロナウイルスの流行から3カ月が経った。既に多くの知見が集積している。このウイルスは感染力が強いが、毒性は強くない。感染症法の2類に分類するような病原体ではない。普通のインフルエンザと同様に扱えばいい。「積極的疫学調査」は中止して、通常の臨床および臨床研究の体制で対応すればいい。これこそ新型コロナウイルスの出口対策に求められることだ。

 これまでの経緯を振り返り、方向を修正しなければならない。

 

※イミダス編集部より:上記の記事中の、新型コロナウイルスによる各国の感染者数や死亡者数は、日々、刻々と変化しています。数字を確認した日時を明記しておりますが、変動のあることをご了解ください。なお、発生状況の詳しい数字がわかる参考外部サイトはこちら(全世界中国日本)。

著者情報

医療ガバナンス研究所理事長

上昌広

かみ まさひろ

東京大学医学部卒業。医学博士。虎の門病院、国立がんセンター中央病院勤務を経て、2005年より東京大学医科学研究所の先端医療社会コミュニケーションシステム・社会連携研究部門に在職。16年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、医療ガバナンス論など。

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