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社会問題

外国人のことを何も知らないこの国で――三浦英之×安田峰俊対談

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

安田峰俊(紀実作家)

三浦 その通りです。それでも、アメリカ人の外国語指導助手は2人亡くなっているのに、厚生労働省の人口動態統計には1人しか死亡登録がされていませんでした。調べてみると、登録されていなかったのは、アラスカ出身の孤児の方で、両親を亡くしたあと日本に派遣されてきていた方でした。受け入れ側の日本の市教育委員会でも多くの関係者が犠牲になっており、すぐには手続きがとれなかったのでしょう。アラスカの遺族も、日本の仕組みがわからなかったに違いありません。

安田 当時の状況では、それどころじゃないですもんね。

三浦 厚労省の統計では外国人犠牲者は41人になっていますが、取材した印象では、全部で60から70人ぐらいいても、おかしくはないような感じがしました。当時、東北沿岸部の港町には、東南アジアから来てパブで働いているような女性たちもたくさんいました。でも、彼女たちはビザが切れて不法滞在の人も多くいたから、災害で犠牲になってしまったとしても役所に届け出ることができないし、行政自体も彼女たちがどこにいるのか、詳しく把握できない状況だったんです。

安田 私が関心を持っている「ボドイ」(職場からドロップアウトして不法滞在・不法就労状態になっているヤンチャなベトナム人労働者の自称)も、大災害などがあった場合に行政は把握できないと思いますね。

 

変化する外国人のマナー

三浦 いま日本各地にベトナム人がたくさんいますよね。日本社会になじんでいる人もいれば、安田さんの本で紹介されている「ボドイ」のようなヤンチャなベトナム人もいる。どのように彼らを受け入れていったらよいとお考えですか?

安田 それはなかなか難しい問題ですよね……。そもそも、技能実習制度そのものが極めて問題のある制度です。いわば、発展途上国の田舎の貧しくて知識のない人たちを入国させて、日本の労働力として働かせるシステムじゃないですか。日本の事業者とかに取材すると、ベトナム人実習生のレベルが下がったっていう話をよく聞くんですが、それも当たり前なんです。日本経済は成長しませんけど現地の経済は成長していますから、かつて条件が悪くてもちゃんと働いてくれたような層の多くは、もはや実習生なんかにはならない。だから、ベトナムの地方とかから、従来よりも情報感度の低い人を探してきて、うまく話をして連れて来るしかないわけですよ。

三浦 ベトナムの経済レベルが上がってきたからですか?

安田 そういうことです。30年前だったらヤンチャなことをしていたのは、一部の中国人でした。池の鯉を捕まえて焼いて食べたとか、ピッキング窃盗を繰り返したとか。こうした30年前のイメージが引きずられているから、いまだに在日中国人のイメージが悪い。でも、いま彼らはヤンチャなことをしていません。なぜかと言うと、彼らが豊かになったからですよね。中国社会が豊かになると同時に、市民生活が向上して、あまり変なことをしちゃダメだっていう認識が共有されるようになった。ベトナム人にしても、将来的にもっと豊かになれば、現在の中国人と同じようなことになる可能性はあると思うんですよ。まぁ、別の国の新たな「ボドイ」が生まれるだけなのかもしれませんが……。

三浦 中国人の前には、イランやパキスタンからやってきた方々の日本でのマナーが問題視されていましたものね。彼らが当時、何を考え、震災をどう乗り越えたのかについても、『涙にも国籍はあるのでしょうか』で取り上げています。

安田 それも、結局のところ、そのときの日本の労働現場に人がいないので、当時ノービザで入れた国の人たちが、現場を支えてたっていうことですよね。もっと前だと、それはもしかすると、在日コリアンの人たちだったかもしれないし、さらには東北からの出稼ぎの人たちだったかもしれない。もちろん、それは「ボドイ」的な文脈ではなくて、非熟練労働者っていう意味ですけど。

 

異世界の扉はすぐそこに

三浦 いまの日本の社会って、確かに多国籍化しているのだけれど、日本人は日本人で生活し、外国人は外国人で生活しているじゃないですか。同じ国にいるのに、それぞれが別々のレイヤー(層)に分かれて暮らしていて、お互いが見えていない感じがします。

安田 いま日本各地にある異国の信仰施設の取材をしているんですが、神奈川にあるラブホが居抜きでそのままカンボジア寺になってたり、面白い場所がいっぱいあるんです。青森の十和田市には、デイリーヤマザキの居抜きのモスクがあるんですよ。

三浦 え、本当ですか!?

安田 これは行くしかないと思って、カメラマンと車で行ったんですよ。しかも1月の真冬。雪の中、ようやく国道沿いのデイリーヤマザキ・モスクにたどり着いたんですが、中には誰もいない。鍵が開いていたので、ガラガラッて入ったら、タバコの看板とかそのまま置いてある。コーランはどこに置いてあるのかと思ったら、昔の総菜コーナーの棚にバババッとコーランが並んでいるんです。地元で誰か知っている人はいないかと思って、たまたま歩いていたインドネシア人の女の子にモスクのことを聞いたら「知らないです」って言われて……。

三浦 私はいま北東北を拠点に取材を続けているのですが、知りませんでした。地元にも知られてないんですね。面白いなぁ。

安田 異世界への扉みたいなものって意外と身近にあるんですよね。覚せい剤をきめながら、ウーバーイーツの配達をしているベトナム人たちがたまり場にしていたネットカフェがあるんです。古いパソコンがいっぱい置いてあって、東南アジアのネットカフェみたいなんですが、そこは私の仕事場からママチャリで行けるような場所なんですよ。あと、習近平の個人情報を暴露したハッカー集団のリーダーは、なんと日本の滋賀県を拠点に活動していた。彼の話を聞いたファミレスは、私が小学校のときに通っていたスイミングスクールの隣でした。自分の生活範囲から数キロぐらいのところに、異世界は広がっているんですよね。

三浦 安田さんの話はいつ聞いても、知られていないことばかりだし、本当に面白いです。いまこの国では日本人と異民族の人たちが同じ地域に暮らしているのに、お互いが全然見えていない。でも、極めて身近なところに異世界の扉が開いているかもしれない、と。われわれプロのライターとしては、そういう「見えているようで、まったく見えていないもの」に出合った瞬間が一番興奮するし、それをどうやって見せていくか、というところにやりがいを感じますよね。安田さんの本を読んでから街を歩くと、身近だった街がまったく異なる風景になって目の前に現れてくるような気がして、なんだかワクワクしてしまいます。安田さんや私の作品を読んでいただくことで、一人でも多くの方がすぐそこにある「異世界」に一歩踏み出す勇気を持っていただけたら、人生はまったく違ったものへと置き換わっていくだろうし、日本も少しずつ「豊かな国」へと移り変わっていくのではないか。個人的にはそんなふうにも考えています。

著者情報

新聞記者、ルポライター

三浦英之

みうら ひでゆき

1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

紀実作家

安田峰俊

やすだ みねとし

1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。朝日新聞論壇委員。『八九六四』(KADOKAWA)で2018年に第5回城山三郎賞、2019年に第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。他に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『さいはての中国』(小学館)、『性と欲望の中国』(文春新書)、『「低度」外国人材』 (角川書店)、『北関東「移民」アンダーグラウンド』(文藝春秋)、『戦狼中国の対日工作』(文春新書)、『恐竜大陸 中国』(角川新書)など著書多数。

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