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月面到達から50年、再び月に向かう長い道~アポロ11号からAMAZONの野望まで

松浦晋也(科学ジャーナリスト)

 月面の水の存在は、有人探査を推進するにあたり、大きな動機となる。が、問題はその総量と「どんな形で存在するのか」だ。量が少なければ、あっという間に利用し尽くしてしまうだろう。また、広く薄く存在するなら、取り出すには膨大なエネルギーと手間がかかることになる。これまでの探査で、この疑問には決定的な回答が得られていない。そのため米国内でも、「人類は次にどこに有人探査を行うべきか」という設問に対する様々な意見が存在する。「近くて水のある月に集中するべきだ」「月に行くよりも水の存在が確実な火星に行くべきだ」「月も火星も省略して小惑星に向かうべきだ」などなど――。
 米国では大統領が交代すると、宇宙政策が変更される。ブッシュ大統領の次のオバマ大統領は2010年2月、新しい政策を打ち出した。混乱するコンステレーション計画を中止し、どこに向けて有人探査を行うかは、もっとよく調査を行って検討する「フレキシブル・パス(柔軟な道筋)」という路線を打ち出した。そのためにまずは先行する無人科学探査と有人探査に必要な基礎技術の開発に力を入れるというものである。これにより、米国の有人月探査に向けた動きは再度減速した。
 ところがその後、米議会で優勢な共和党がオバマ政策に反対した。スペースシャトルが引退する以上は、あくまで米国は国として独自の有人宇宙飛行技術を保持すべきだと主張したのである。共和党が押し戻したことで、宇宙船「オリオン」の開発は継続し、「アレスI」「アレスV」に代わる新たな大型ロケット「SLS」が開発されることになった。
 どこに行くかは決めていない、しかし行くための宇宙船とロケットは開発する――2010年代の米国の宇宙政策は奇妙に“不安定な安定”状態に陥った。

スペースXとブルー・オリジン―― “ニュー・スペース”の台頭

 その間に急速に力を付けてきたのが、“ニュー・スペース”と呼ばれる宇宙ベンチャー企業だった。特に、電気自動車のテスラ・モータース社を起こしたイーロン・マスクが立ち上げ、大型ロケット「ファルコン9」超大型ロケット「ファルコン・ヘビー」の開発に成功したスペースX社、そしてネット流通の世界的大手AMAZONの創業者ジェフ・ベゾスが設立し、ベゾス個人の莫大な資産をふんだんに注ぎ込んで弾道飛行有人宇宙船「ニュー・シェパード」超大型衛星打ち上げ用ロケット「ニュー・グレン」を開発するブルー・オリジン社は、米政府とは別に有人宇宙探査、さらにその先の恒久的有人基地建設に積極的な姿勢を見せている。
 面白いことに、イーロン・マスク/スペースXは、火星移住計画に執心する一方で、ジェフ・ベゾス/ブルー・オリジンは、月の有人基地に興味の対象を絞っている。ベゾスは、「月に行かずに火星を目指すのは非現実的だ」として、有人月探査に向けた技術開発を進めている。

トランプ政権の朝令暮改、探査の加速か、それとも混乱か

 NASAにとって、有人月探査は、ISS(国際宇宙ステーション)の次の大型国際協力計画という意義があった。ISSは、何度か運用期間が延長され、現在では2024年まで運用することが決まっている。このため、2010年代後半からNASA主導で「ポストISSの国際協力計画としての有人月探査」の検討が、参加各国の間で進み始めた。2019年現在は、月を周回する軌道に投入する有人宇宙ステーション「月軌道プラットフォームゲートウェイ(LOP-G)」という構想が検討されている。LOP-Gは、次のステップの有人月探査、さらには有人火星探査に向けて必要となる技術開発と先行する科学探査を行う拠点で、4名の宇宙飛行士が滞在する予定だ。2028年の完成を目指して検討が進んでいたが、2019年3月になって、現在のトランプ政権が「NASAの構想は進展が遅すぎる」という不満を表明し、2024年までの月面有人着陸をNASAに命令した。
 このため、2019年7月現在、将来的に米国の、そして米主導の国際協力による月探査がどのような形でいつ実施されるかは、不明確になっている。NASAはトランプ政権の要求に応えるべく計画の見直しを行っているが、まだはっきりとしたスケジュールを公表できる段階ではない。検討に参加する各国も情報収集に集中している段階だ。トランプ大統領は、2019年6月に入ると、今度は月よりも火星に興味があるという発言をしており、一体この先どのような計画が策定されるかは混沌としている。
 いずれにせよ、計画を加速するとなると“ニュー・スペース”の力を借りるのが順当だろう。特に、月に興味を示すブルー・オリジンは、トランプ政権の要求に呼応するかのように2019年5月、有人探査をも視野に入れた月着陸機「ブルー・ムーン」を開発していることを公表した。同着陸機は早ければ2023年にも月面への着陸を実施できるとしている。これは明らかに、米政府に対する売り込みであるし、同時に「国がさっさと動かないならば民間でやる」というNASAに対する意思表示でもあろう。

 人類は有史以前から夜空にぽっかりと浮かぶ月に様々な思いを寄せてきた。もし将来、「見上げる月にはいつだって誰かしらの人がいて、活動している」となると、その思いも大きく変化し、月はより身近な場所になるだろう。が、10年後15年後にそうなるかどうかは、宇宙での活動能力を持つ国々の思惑と合従連衡次第である。

著者情報

科学ジャーナリスト

松浦晋也

まつうら しんや

1962年生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。同大学院メディア・政策研究科修了。日経BP社勤務(航空宇宙、コンピューター、情報通信などの分野を取材)を経て現職。著書に『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(2004年、日経BP社)『エルピーダは蘇った』(06年、日経BP社)『コダワリ人のおもちゃ箱』(07年、エクスナレッジ)『恐るべき旅路』(07年、朝日新聞出版)『スペースシャトルの落日』(増補版、10年、ちくま文庫)『飛べ!「はやぶさ」』(11年、学研教育出版)『のりもの進化論』(12年、太田出版)、『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』(14年、日経BP社)、『はやぶさ2の真実』(14年、講談社)、『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』(17年、日経BP社)など多数。

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