ラテンギャング・ストーリー 6
工藤律子(ジャーナリスト)
2014年9月21日日曜日、朝10時前。街外れにあるカサ・デ・オラシオン・ファミリアル教会は、100人近い信者で賑わっていた。少しだけおしゃれをした家族連れや若いカップル、老夫婦など、幅広い世代の人たちが集っている。正面の低い舞台上には、キーボードやギター、ドラムといった楽器とマイクが並び、9人の若者が歌と演奏の準備をする。そのうちの何人かは、元マラスメンバーだという。
ホンジュラスでは近年、アメリカをベースとするプロテスタント系の教会が活発に布教活動を行っており、その信者数も、この国のような元スペイン植民地で強大な力を誇ってきたカトリック教会に迫る勢いだ。ガロ牧師やアンジェロの所属する教会も、その中の一つで、シンプルで庶民的な雰囲気の教会と信者同士の家族的な付き合いが、老若男女を問わず、広く受け入れられている。貧困層の若者にとっては、その親しみやすさが魅力だろう。
続々と信者が礼拝スペースに着席していく中、私は舞台に近い最前列の席に座っていた。今日はアンジェロの説教を聞きにきた。いや、彼が牧師としての務めを果たす姿を目撃しにきた、と言うほうが正確かもしれない。果たしてそれは、悪人の心をも揺さぶるほどの魔力を持つ説教なのだろうか。
まもなく舞台の準備が整うと、舞台中央に立つ青年が皆に呼びかけ、賛美歌が始まった。実はその直前、教会内は停電してしまい、エレキギターやキーボードといった楽器やマイクは使えなくなったため、若者たちは急遽、ギター2本の生伴奏だけで歌うことにした。それでもリズムに乗って、片手を胸に当てる、あるいは両手を高くかざして天を仰ぐような姿勢をとるなどして、情熱を込めて発する声は建物全体に響き渡り、神への思いに満ちあふれた空間を生み出した。信者も皆、彼らと声を合わせて歌う。
音楽は30分間近く続き、教会全体が人の熱気に包まれた頃、若者たちは演奏を止め、信者たちは座って静かに聖書を手に取った。
と、そこへ黒い革靴とグレーのスーツ、黒のワイシャツに紅いネクタイできめたアンジェロが現われた。背の低さ以外、服装も雰囲気も一段と、「ゴルゴ13」。だが「殺し屋」ではなく、「牧師」らしい威厳を漂わせている。彼は正面の舞台に向かって緩やかな下り坂となっている礼拝スペースの一番前、低いフロアの真ん中に立った。
「皆さん、祈りましょう」
その呼びかけと共に、一斉に人々が立ち上がった。そしてアンジェロの言葉に合わせて祈りを捧げる。刑務所の中でも、囚人たちのこんな光景がみられるのだろうか。その後、皆が互いに握手や抱擁で挨拶をし合って再び静かに着席すると、牧師はおもむろにこう告げた。
「今日は死の道について、お話ししましょう。聖書を開いて下さい――」
そこからが、ギャング・リーダーではなく、「牧師アンジェロ」のショータイムだった。
彼は手にした聖書にはほとんど視線を落とすことなく、ほぼ常に信者たちの顔を見つめながら、ゆっくりとした口調で説教を続けた。声に抑揚をつけ、時折腕を振り上げ、前後左右に歩きながら、人々との距離を縮めたり、伸ばしたりする。それは牧師の説教というよりも、雄弁な活動家の演説のようだった。
15分……30分……そして……。気がつくと、1時間ほど経っていた。その間、彼の動きは止まらず、言葉の重みは増して行った。最後は聖書を台に置き、左手はズボンのポケットに突っ込み、右手を力強く前へ突き出して、自らの解釈を自信溢れる様子で述べる。信者たちの目と耳は、その声と姿に集中していた。
「では皆さん、歌いましょう」
説教の最後は、賛美歌で締めくくられた。献金など一連の行事が滞りなく行われ、礼拝は終了した。
辺りが再び人々の話し声で包まれ始めた時、何人かの信者が入れ替わりで、牧師アンジェロに挨拶をしに近づいた。その中に一人、穏やかな顔をした品の良い中年の紳士がいた。
「あなたは素晴らしい説教をされますね。とても心に響きました」
彼はそう言いながら、手を差し出した。アンジェロはにこやかにその手を握ると、紳士の褒め言葉に礼を述べた。すると紳士は微笑みながらその手を強く握り返し、こう言葉を続けた。
「あなたには才能がある。感服しました」
そう。この元ギャングの若い牧師には、演説、説教で人の心を動かし、導く才能があった。その雄弁さとカリスマ性が暴力と一体となった時、誰もが恐れるギャング・リーダーが生み出された。が、今度はその才能を愛と希望を伝える手段とし、神と共に悪魔に闘いを挑む時だ。
「私はもう迷いません。内側から生まれ変わり、新しい人間として生きて行きます」
2015年4月、元ラテンギャングの大物は、罪深き者たちを神の家へと導きながら、心から生涯の伴侶にと願う女性と出会ったことで、自分自身の平和な家庭も築こうとしている。
著者情報
ジャーナリスト
工藤律子
くどう りつこ
1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。