imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

カルチャー

日本学術会議は軍事研究否定を守れるか?

カギを握るのは「安全保障と学術に関する検討委員会」

島薗進(上智大学大学院実践宗教学研究科教授、グリーフケア研究所所長)

(構成・文/村山加津枝)

 国内の各分野の科学者を代表する機関である日本学術会議は、これまで、戦争や軍事目的のための科学研究は行わないとする表明や声明を出し、それを堅持してきた。しかし、2016年4月、日本学術会議の大西隆会長(豊橋技術科学大学学長)は、自衛が目的の研究までは否定されないという見解を示し、これまでの軍事研究否定の見直しにつながるのではと懸念する声が上がった。日本学術会議はこの問題の審議のため、「安全保障と学術に関する検討委員会」を設置し、6月、7月、8月と会議を重ねてきた。この委員会によって、軍事研究否定はどう変化するのか? あるいは変わらないのか? 今後、戦争・軍事目的の科学研究がますます推進されるのではと危惧する一人、島薗進上智大学教授に、これまでの経緯と今後について、意見を聞いた。

日本学術会議とは?

 今年(2016年)6月24日、日本学術会議内に設置された「安全保障と学術に関する検討委員会」の第1回会議が開催されました。この検討委員会についてお話しする前に、まずその前提となる日本学術会議について簡単に触れておきたいと思います。
 ホームページでは、日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信の下、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として、昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました、と紹介しています。
 会員は210人で、70人ずつが、第一部(人文・社会科学)、第二部(生命科学)、第三部(理学・工学)に分かれています。
 主な職務としては「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること」「科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること」の2点を挙げています。また主な役割を「政府に対する政策提言」「国際的な活動」「科学者間ネットワークの構築」「科学の役割についての世論啓発」としています。
 これらの職務や役割を果たすために、科学の全領域を30分野に分類した「分野別委員会」が設置され、様々な問題の審議を行っています。また、組織運営のための「機能別委員会」があります。運営を担うのは幹事会で、会長(1人)、副会長(3人)、各部の部長・副部長(部長3人、副部長3人)、及び各部から選ばれた幹事(6人)の計16人で構成されています。
 いっぽう「課題別委員会」は、その時々の重要課題について審議するために期限を決めて設置される委員会です。「安全保障と学術に関する検討委員会」もこれにあたり、2017年9月30日という時限付きの課題別委員会で、第一部、第二部、第三部から選任された15人の委員で構成されています。委員長には、政治学者であり安全保障に詳しいとの推薦理由から、杉田敦法政大学法学部教授が選任されました。

会長が戦争・軍事目的の研究を容認?

 日本学術会議は、設立まもない1950年に「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」を、また、67年に「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を出しています。その後、この表明・声明を堅持し、戦争や軍事を目的とした科学研究を拒否し続けてきました。しかし、その根拠を明らかにして、態度表明を続けてきたわけではありません。
 2016年4月14日、日本学術会議総会で大西会長は、戦争を目的とした科学の研究は行わないという50年、67年の表明・声明を堅持するとしつつも、「自衛隊の発足(1954年)と自衛隊への国民意識の変化(世論調査等)を踏まえた議論」をすべきだと述べ、防衛予算によるものでも基礎的な研究開発は許容されるのではないかといった趣旨の発言をしました。総会では会長の報告に批判的な意見も出て、議論が白熱したことが議事録からも分かります。
 こうした議論から、大西会長は5月20日、「安全保障と学術に関する検討委員会」設立を提案し、審議事項として以下の5項目を挙げています。
(1)50年及び67年決議以降の条件変化をどうとらえるか
(2)軍事的利用と民生利用、及びデュアル・ユース問題について
(3)安全保障にかかわる研究が、学術の公開性・透明性に及ぼす影響
(4)安全保障にかかわる研究資金の導入が学術研究全般に及ぼす影響
(5)研究適切性の判断は個々の科学者に委ねられるか、機関等に委ねられるか
 この提案を受け、同日、日本学術会議幹事会で委員会の設置が決定しました。

防衛装備庁の競争的資金制度に大学も参加

 第二次世界大戦後、軍事はアメリカに任せ、日本は平和的なモノづくりで経済的繁栄に貢献すればいいという暗黙の了解もまた、科学・学術の軍事研究への関与の問題性をじゅうぶんに問わないままにしてきた理由の一つです。
 グローバルな市場経済を重視する新自由主義の時代が続き平和のための国政政治が力を失って、世界的に科学が経済的動機と癒着するとともに、軍事的な目的と結びつく度合いも高まってきています。その動向にも促されて、日本の軍事研究容認の動きが出てきたと言えるでしょう。
 日本でも13年、防衛省が、軍事研究と民生のための研究の重なる領域の研究、すなわちデュアル・ユースの研究を積極的に行うとの方針を示した頃から、科学が軍事に進出する動きが加速化しています。とくに15年になって急速に進んだという印象を持っています。
 14年4月に武器輸出の全面禁止を転換した「防衛装備移転三原則」が閣議決定されたのち、翌15年9月に、日本経済団体連合会(経団連)は「防衛産業政策の実行に向けた提言」を出しました。この提言は「防衛産業の発展に努めていく」という言葉で締めくくられています。
 また同じ年、防衛装備庁が、防衛装備品の研究・開発に対し、3億円規模の資金を提供する競争的資金制度「安全保障技術研究推進制度」を大学や公的研究機関、企業を対象に開始しました。この総額は急速に上昇する方向です。
 初回の平成27年度公募には109件の応募があり、9件が採択されました。その中には、神奈川工科大学、東京電機大学、豊橋技術科学大学、東京工業大学の4大学が含まれています。
 第2回となる平成28年度は、応募の数は44件と半分以下になったものの、採択された件数は10件で、そのうち大学は、大阪市立大学、東京理科大学、東京農工大学、北海道大学、山口東京理科大学で、5校と数が増えました。
 ちなみに、委員会の評価委員には、採択された神奈川工科大学、東京工業大学、東京理科大学の教授や名誉教授が名を連ねています。

科学の本来のあり方を検討する必要が

 大学がこうした公募に参加する背景には、研究者が研究のための予算を取るのがますます困難になってきているという状況があります。他方、防衛関係の学術予算が急速に増えているのが現状ですから、応募したいと考える研究者が増えます。こうしたことは、8月24日に開催された「安全保障と学術に関する検討委員会」第3回会議の議題「各夏季部会での討議の報告」にも垣間見ることができます。そして政府や財界はそれを見込んでいます。
 しかし、日本の科学者や学者は、国家が軍事目的を掲げ、科学をその方向に誘導していくことを是としてきていません。それは科学の本来のあり方に背くものだと考えてきたからです。これについては、歴史を踏まえて、改めて本来のあり方を問い直し、検討していく必要があると思います。
 重要な問題の一つは、軍事関連の研究が拡大されていくと、研究の自由が大きく狭められる可能性が高いということです。軍事関連研究では秘密を守ることが求められます。科学の大きな前提である公開性が大幅に制限されます。真実を求めるよりも、軍事的な有効性が優先されるのです。
 医学が軍事目的に引きずられて、本来の科学の道を大きく踏みはずした例として、第二次世界大戦中の中国で人体実験を行った731部隊があります。生物兵器を開発するなどのために、外国人を対象に意図的に過酷な害を加え、多くのいのちを奪ったのです。その事実は長く隠されていました。そして、戦後も日米政府の暗黙の了解のもとで、この研究に従事した科学者の責任は問われませんでした。
 こうした事態がなぜ生じたのかという問題は、核(原子力)をめぐる科学の歴史とも無関係とは言えません。第二次世界大戦後も軍事秘密の名の下に、放射能被害が軽視される事態が続きました。甚だしい健康被害が明らかになっても放置された太平洋のビキニ環礁の住民の例は、アメリカも認めざるを得ませんでした。軍事目的のために行われた研究が人間の尊厳を脅かしたり、否認するような事態が生じたりという事実を私たちは忘れてはなりません。

自律した機関であることの意義

著者情報

上智大学大学院実践宗教学研究科教授、グリーフケア研究所所長

島薗進

しまぞの すすむ

1948年東京生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科教授(宗教学)などを経て、現職に。専門は近代日本宗教史、死生学。宗教者災害支援連絡会代表、原子力市民委員会委員、「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人などもつとめる。17年7月には、世界平和アピール七人委員会委員に就任。著書に、『宗教ってなんだろう?』(2017年、平凡社)、『宗教を物語でほどく』(16年、NHK出版新書)、『いのちを“つくって”もいいですか?』(16年、NHK出版)、『宗教・いのち・国家』(14年、平凡社)、『国家神道と日本人』(10年、岩波新書)など、共著に『近代天皇論』(17年、集英社新書)、『愛国と信仰の構造』(16年、集英社新書)など多数。(2018.3)

関連記事