今、改めて「元号」を考える
島薗進(上智大学大学院実践宗教学研究科教授、グリーフケア研究所所長)
(構成・文/村山加津枝)
ソ連との冷戦が進む中、アメリカは日本で社会主義や共産主義が広がるのを阻止するために天皇制や日本の国家主義を利用する方向へと転換します。更に、自由民主党(自民党)の政権が続き、国体論的な天皇崇敬を志向する新たな動きが次第に強まっていきます。
1950年代には、48年に廃止となった「紀元節」を復活させようという動きが早くもあり、「建国記念の日」と名称が変わったものの66年に国民の祝日として制定されました。自民党は、69年以降、神社本庁や遺族会などの要望を受け、靖国神社の国家護持関連の法案を度々国会に提出しました。しかしこちらはいずれも廃案になりました。
元号に関する動きとしては、後に国民運動団体を自称する「日本会議」に参加するような右派の人々が、神社本庁系や神道政治連盟系と協力しながら、元号法案を作り、79年に法制化されました。2年前の77年、改訂学習指導要領で『君が代』が国歌とされ、更に89年(平成元年)の改訂では、国旗掲揚と国歌斉唱を指導するという内容に変わりました。
50年代にはまだまだ昭和天皇に戦争責任があるという意識が強かったのですが、しだいに象徴天皇制が国民に受容されていきました。天皇を神聖化することへの許容度が広がった背景には、こうした動きも関連していたと思います。
国民主権や基本的人権を尊ぶ民主主義の理念が世界的に共有され、自由主義か社会主義かの違いはあっても、進歩のビジョンが信じられていたのが冷戦時代でした。その冷戦体制が壊れると、今度はそれぞれの国民国家あるいは政治体制が、自分たちの存立根拠を新たに問い直す時代に入っていきます。日本で97年に「新しい歴史教科書をつくる会」が発足したり「日本会議」が設立されたりして、徐々に国体論的な考え方が復興してきた理由もここにあると思います。
平成に入っても、99年には国旗・国歌法が施行され、石原慎太郎都政の2003年には、東京都教育委員会が都立学校に「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」という通達を出しました。その後、この職務命令に違反したとして数多くの教職員が懲戒処分等にされました。東京だけでなく、2011年に君が代を起立斉唱することを義務付けた大阪府や大阪市でも同様に教職員の処罰がなされ、裁判で日の丸・君が代の強制の是非が争われています。
新しい元号、今後の日本に望むこと
前回の改元の際には、政府の臨時会議が開かれ、中国哲学や東洋史、日本古代史を専門とする有識者8人による「元号に関する懇親会」ができ、そこで「平成」と決まりました。今回、新しい元号の準備は早い時期から進められていたと思います。「元号法」と同時に、閣議で報告された「元号選定手続について」で漢字2字ということは決まっていますし、儒教で尊ばれた中国の古典から漢字が選ばれるという枠組みも変わらないでしょう。
私は、年代的にも元号になじみのある世代ですし、元号に全く反対という立場ではありません。自国の歴史を振り返る時、やはり国民的な意識を反映した元号が分かりやすい記号であることは否めません。ただ、国際的な意識はますます広がりますから、今後は平成20年代というよりは2010年代と表現することが普通になると思います。自然と元号の意味も変化していくことでしょう。
一方で、平成に入ってからも国体論的な主張の声は更に大きくなっており、元号や日の丸・君が代が抑圧的に働くということにならないよう、十分な配慮をすべきだと考えます。明治を殊更に美化する風潮が、こうした抑圧的な方向性を後押しするのではないかと危惧もしています。思想・信条の自由や基本的人権を侵すような用いられ方がされないよう、また元号に関しては、使用に固執して日常生活に負担や軋轢(あつれき)を増やすことのないよう配慮されなければなりません。
元号に限らず、自国の歴史や文化に、外国とは違う「わが国独自のもの」を見て取るのはマイナス面ばかりではありません。しかしながら、無理にそれを誇るのは、自分たちに都合のいい見方をする方向に傾く一因になると思います。明治以降の国家神道につきものだったそうした狭苦しさが復活すれば、今後また自民族中心主義に陥る可能性があります。また、内の一致団結ばかりを重視しては、多様性を排除することにもなりかねません。
実際にそうした歴史をくぐり抜けてきた日本は、自己に閉じこもり他を敵視する攻撃的な国粋主義に向かうことがあってはなりません。諸国民と友好的で非軍事的な側面から平和に貢献する方向でこそ、豊かな伝統を更に豊かなものへと発展させていくことができるでしょうし、その方向を目指すべきではないでしょうか。
著者情報
上智大学大学院実践宗教学研究科教授、グリーフケア研究所所長
島薗進
しまぞの すすむ
1948年東京生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科教授(宗教学)などを経て、現職に。専門は近代日本宗教史、死生学。宗教者災害支援連絡会代表、原子力市民委員会委員、「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人などもつとめる。17年7月には、世界平和アピール七人委員会委員に就任。著書に、『宗教ってなんだろう?』(2017年、平凡社)、『宗教を物語でほどく』(16年、NHK出版新書)、『いのちを“つくって”もいいですか?』(16年、NHK出版)、『宗教・いのち・国家』(14年、平凡社)、『国家神道と日本人』(10年、岩波新書)など、共著に『近代天皇論』(17年、集英社新書)、『愛国と信仰の構造』(16年、集英社新書)など多数。(2018.3)