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ジャーナリストが問うアートと社会の接点「あいちトリエンナーレ2019」ができるまで

芸術監督・津田大介インタビュー

津田大介(ジャーナリスト)

暮沢剛巳(東京工科大学デザイン学部教授)

津田 その陥穽を僕は突破したかった。明確にそういう意識があったので、今回のあいちトリエンナーレでは、若手の作家をすごく多くしました。実は、若手になればなるほど女性作家が多いから、無理なく男女同数が実現できているというのもあります。自分の中で、「35歳以下の日本人を2割⼊れよう」というラインを決めていたんです。なぜ若い人を入れるのかというのは、「そもそも芸術祭の成功とは何か?」という根本的な問いに行きつくんです。成功の基準は、今までは来場者数しかありませんでした。それは、本当に無意味だと思います。

暮沢 芸術祭の来場者数というのは、カウントの仕方次第で変わることもありますからね。

津田 芸術祭として税金を使うからには、マーケットとは違うことを示す必要があるんです。だとするならば、これから伸びそうな若手にチャンスと資金を与えて、いい作品を作ってもらう。そしてあいちトリエンナーレ2019での作品が評価されて、その後世界に羽ばたくきっかけになる。それが、税金で文化事業をやることの意義だと思うんです。それで、今回ほかの芸術祭と比べても、新作の割合が非常に多いんですよね。若手を多く起用して、「情の時代」というテーマに合う作品を選んで、この旧作でやろうと声をかけるんですけど、ほとんどの作家が旧作とは別に新作を作っています。

暮沢 若い人は、声をかけられるとそれだけ意気込むんでしょうか?

津田 やっぱりこのテーマにインスパイアされるんだと思います。まあ、新作って面白い場合とそうじゃない場合があるから、運営側からすればリスキーあるいはギャンブルなんですけど……。それでも、すでに見たことがある作品よりは、新作を見たいですからね。新作を作らせてくれという人には、新作を作ってもらっています。だから、いろんな意味でチャレンジングな芸術祭になると思います。

いかにキュレーションするか

暮沢 もともと津田さんとしては、芸術監督の仕事は全体のコンセプトを決めることで、あとは分業制で専門のキュレーターが作家を選定するというイメージだったんですよね。

津田 当初はそうでしたね。ただ進めていくなかで、枠組みをつくるだけでは自分のやりたい芸術祭ができないと思って方針を変えました。キュレーターには、テーマに合った作家を推薦してもらって、採用するかどうかの判断はすべて芸術監督である僕が行うということにしたんです。

暮沢 今回のあいちトリエンナーレでは、津⽥さんがなされている芸術監督としての仕事はまさに展覧会企画としてのキュレーションそのものだと思います。その⼀⽅で、津田さんのホームグラウンドであるITジャーナリズムの「キュレーション」というのは、まったく別の意味で使われてますよね。いわゆるネットによる情報検索とか情報収集という意味です。佐々⽊俊尚さんが提唱したIT業界的なキュレーションと、美術業界的なキュレーションというのが、言葉は同じなのに違うものとして併存している。ITジャーナリストの津田さんが美術業界にやってきて、まさにキュレーションの仕事をやるというのは、その両者の接点として、かつてないことだと思います。その二つのキュレーションの違いについて、両方にかかわる当事者としてはどう思いますか?

津田 いろいろと思うところがありますね。まず、佐々木さん的なキュレーションという言葉は、僕はあまり使いません。でも一方で、ツイッターで気になるニュースを拾ってきてコメントをつけて流すというのは、まさにITのキュレーションという業務をやっているわけですね。キュレーション・ジャーナリズムというのも僕はもちろん成立していると思います。自分のメルマガやメディアでも、例えば原発関連のニュースはいろんなところから拾ってきて、リンク集を作ったりしています。これもキュレーション・ジャーナリズムの一環でもあると思います。
 ただ、同時に美術のキュレーションというところで意識したのは、実は小熊英二さんです。小熊さんは歴史社会学者ですけど、もともとは編集者ですよね。編集者から学者になり、そして『首相官邸の前で』というドキュメンタリー映画を作った。しかも自分で撮影はほとんどしてなくて、YouTubeの映像とかを切り貼りして編集して、それにインタビューをつけて映画になっている。それが、よくできているんです。「人生で初めてドキュメンタリー映画を作ったのに、すごいですね。大変じゃなかったですか」って小熊さんに聞いたら、涼しい顔をして「いや、情報の重要な部分を拾って、それを連続的にストーリー仕立てにして流すというのは、雑誌の編集と一緒ですよ」って言うんですよ。小熊さんが言う「編集」を、僕は「キュレーション」に置き換えてもいいと思うんですよね。
 僕はもともとIT関係の雑誌のライターからスタートして編集者もやって、今はジャーナリストというように、いろんな仕事を領域横断的にやってきました。展覧会をつくった経験はないけど、展覧会を1冊の大きな雑誌だと考えて、その構成、台割をつくる作業をすればいいんだと思ったんです。そうすると、全部深刻な政治的な作品だとつらいなというのもわかる。雑誌だったら、最初にバーンと写真のグラビアから入って、巻頭コラムがあって、特集がきて、途中から箸休めのコラムがあったりして、レビューがあって、編集後記がある。今回のあいちトリエンナーレもそんな感じで、1冊丸ごと「情の時代」特集号の雑誌を作ってるようなつもりで、バランスをとっています。
 ラインナップを見ていただいてもわかると思いますが、ユーモアがあるものもあれば、超シリアスなものもあります。僕が芸術監督をやるということで、政治的なトリエンナーレになると思っている人もいるようですが、結果的には、「情の時代」というテーマで切り取れるバラエティー豊かなラインナップになっています。

暮沢 編集者としての才覚が、ここに⽣かされているということですね。

津⽥ 自分に編集者としての才能があるのかはわかりませんが、ライター、編集、ジャーナリストと様々な立場で出版業界に携わってきたことが生きている気はします。その意味で今回のトリエンナーレは、⾃分の今までやってきたことの集⼤成と言えますね。

ジャーナリストでもあるジェームズ・ブライドルの作品《ドローン・シャドー002》 2012、イスタンブール(トルコ)

アートとジャーナリズムが接するところ

津⽥ 今回思ったことは、アートとジャーナリズムはもっと近接すべきだってことですね。今回参加するジェームズ・ブライドルやミロ・ラウは、本業はジャーナリストなんですが、アートも作っている。そういう⼈が、海外にはけっこういるんです。アーティストも作品を作るときには、取材をするわけですね。それで、アーティストやキュレーターと一緒に僕もリサーチに同行したりするんですが、正直に言うと、彼らの取材の仕方はもどかしい部分があるんですね。限られた時間でとにかくいろんな情報を取ってくるのがジャーナリストの仕事ですから。アーティストやキュレーターは、リサーチの方法をジャーナリストからもっと学べるんじゃないかと思います。それと同時に、ジャーナリストは、対象者との関係のつくり方とか、発想力をアーティストから学ぶべきだと思います。そうした相互交流があることで、いい影響があるはずです。
 今回、アーティストがやりたいというプランに対して、僕が人を紹介したり、リサーチを手伝ったりというかたちで貢献することができました。それは、キュレーションとは何かというところにもつながってくると思います。芸術監督やキュレーターを美術業界の人がやるか、外の人がやるかというのは、どちらでもいいと思いますが、いずれにしても美術業界にとどまらず、外に目を向けることが重要だと思います。このトリエンナーレが終わったら、僕は本業に戻りますが、美術業界と外との交流をサポートするような役割は、今後も果たせるんじゃないかなとは思っています。もちろん、美術業界からその役割を望まれれば、の話ですが(笑)。

 

「あいちトリエンナーレ2019」公式サイト

著者情報

ジャーナリスト

津田大介

つだ だいすけ

1973年生まれ。東京都出身。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ポリタス編集長。早稲田大学文学学術院教授。テレ朝チャンネル2「津田大介日本にプラス+」キャスターほか、ラジオのナビゲーターも務める。『情報戦争を生き抜く』(朝日新書、2018年)、『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書、2012年)ほか著書多数。

東京工科大学デザイン学部教授

暮沢剛巳

くれさわ たけみ

1966年、青森県生まれ。美術・デザイン評論。著書に『拡張するキュレーション 価値を生み出す技術』(集英社新書、2021年)『オリンピックと万博』(ちくま新書、2018年)『エクソダス―アートとデザインをめぐる批評』(水声社、2016年)など多数。

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