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テレビは凋落したのか。それとも、現場からの挑発なのか。 映画『さよならテレビ』が描きだすテレビメディアの今

東海テレビプロデューサー 阿武野勝彦さんに聞く

阿武野勝彦(東海テレビ・ゼネラルプロデューサー)

(構成・文/仲藤里美)

阿武野 自分ではできたと思っていますが、見る人がどう思ってくれるかは分かりません。この先も、まだまだ時間をかけて取り組んでいかなきゃならない問題なのだろうと思います。
 ただ、映画の中で、また別の小さなミスによるトラブルが出てくるように、ミスというのは日常的に起こるものです。そのときにどうするかということにテレビの今が見えると思うんです。
 今の社会では、どういう状況下でミスが起こったのか、それをどうカバーしようとしているのかといったことも一切無視して、すぐさま「ミスしやがって、けしからん」という罵声が投げつけられてきます。いわゆる「炎上」ですね。誰もがそういう状況に怯えているところがあります。
 でも本来なら、日常とは実はミスの積み重ねだよね、という前提に立ち返りながら、もっと冷静にやりとりをしたい。もちろんテレビ局も、自分たちがどれだけ大きい、重いものを社会から託されているのかを改めて自覚し直す。そうした関係性の中から、メディアがもう一度生まれ変わって、市民社会の中で成熟していくチャンスも生まれてくるはずです。でも、今は受け手が感情のままに怒りだけを投げつけ、テレビは投げつけられないように安全なものしか作らない……そこで止まってしまっている気がします。

阿武野勝彦さん

──先ほどおっしゃっていた、作り手と受け手の「コミュニケーション」が成立していない状態にある、ということでしょうか。

阿武野 少なくとも、私が夢見ていたような、豊潤なコミュニケーションは成立していないと思います。
 これは映画を作り始めて気づいたことですが、映画の場合は、映画館という同じ空間を共有することで、観客はここで笑い、ここで泣き、ここでため息をつくんだなというような反応がその場で感じ取れるんですよね。うちのスタッフもよく、自分たちの作品を映画館に見に行っていますが、観客の反応を目の当たりにすることで、「この部分はやっぱり必要なんだな」とか、「こういう説明は不要だったんだ」とか、いろんなことが分かる。そういう見てくれる人と作り手の間のコミュニケーションによって、さらにいい作品・表現へと向かっていくんです。
 それに対してテレビは、「放送」という言葉のとおり「送りっ放し」になっているところがある。手紙や電話、メールに励まされることもあるけれど、相手の顔が見えないと、人はここまでひどいことを書けてしまうのか、と思うような反応にガックリくることもあります。

──テレビと視聴者との間にも、もっと「豊潤な」コミュニケーションを生み出せる可能性はあるでしょうか。

阿武野 私たちはこれまでのドキュメンタリーシリーズの積み重ねを通じて、地域の皆さんとの関係性が変わってきたという実感はあります。
 たとえば今年(2019年)は、東海地方に大きな被害をもたらした伊勢湾台風から60年の年でした。他局はみんな「風速何メートルではこんなことが起こります」「水の勢いはこのくらいです」といった、「どう災害から身を守るか」という内容が中心の特番を組んでいました。その中で、私たちは『はこぶね』という、伊勢湾岸の干拓地に入植してすぐに台風で家を流された人たちを中心に置いたドキュメンタリー番組を放映したんです。

──どんなテーマの作品だったのですか。

阿武野 台風の高潮で何キロも流され九死に一生を得た経験をしていて、「家族を守るために箱船のようなシェルターを買うんだ」と言い出すおじいちゃん、「昔のことはよく分からないし、避難訓練とか面倒くさい」と思う孫、「おじいちゃんが決めたならしょうがない」という娘夫婦……家族の中で、災害の記憶を伝えていくことの難しさを描いた番組でした。
 派手さのない、おとなしい内容だし、どういうふうに受け取られるだろうと思いながら放送しましたが、「東海テレビならではのドキュメンタリーの力を感じた」と言ってくださる人が多かった。やっぱり、これまでの番組作りを通じて、地域の人たちと私たちとの間に、あるコミュニケーションの形ができてきたんじゃないかと感じました。1本1本きちんと熱を込めて本気で作っていれば、伝わると実感しました。

──「マスゴミ」という言葉に象徴される関係性とは対極にあるコミュニケーションですね。そうした関係性がもっと広がっていけば、テレビの状況も変わるような気がします。

阿武野 そう願っています。今でも、私が一番好きなメディアはテレビです。ここが豊穣な世界であってほしいという願いは強いです。
 どんなに辛辣な表現だと受け取られても、『さよならテレビ』は、私にとってはテレビへの、テレビマンへの「ラブレター」なんです。あまりそうは思えないかもしれないけれど、見た人には、「ああ、こういうラブレターの書き方もあるんだな」と感じてほしいですね(笑)。

──その「ラブレター」がテレビで放映されて1年あまり経ちますが、東海テレビの中で何か変化はありましたか。

阿武野 組織というのは、なかなか難儀なもので、そんなにすぐに変われるものではないですね。『さよならテレビ』は、池に投げ込んだ小石の波紋のようなものかもしれません。
 ただ、スタッフ一人ひとり、特に若い人たちの心の中には変化があったかもしれないですね。少なくとも、この作品ができたことで「あ、こんなこともできちゃうんだ」、しかも「映画にまでしちゃうんだ」ということは感じてもらえるでしょう。つまり、突破していくことって大事なんだ、と思ってくれたんじゃないかと。その一人ひとりの変化から組織が変わっていくこともあるかもしれない。そこを長い目で見たいと思っています。

 

*『さよならテレビ』(監督・土方宏史、東海テレビ)は、2020年1月2日より、東京・ポレポレ東中野、愛知・名古屋シネマテークにて公開ほか、全国順次公開。

著者情報

東海テレビ・ゼネラルプロデューサー

阿武野勝彦

あぶの かつひこ

1959年生まれ。同志社大学新聞学科卒。81年東海テレビ入社、アナウンサーを経てドキュメンタリーを制作。主なプロデュース作品に『裁判長のお弁当』(07年、ギャラクシー大賞)、『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の 300 日〜』(08年、日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作『平成ジレンマ』(10年)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12年)、『ホームレス理事長』(13年)、『ヤクザと憲法』(15年)、『人生フルーツ』(16年)、『眠る村』(18年)などでプロデューサーを務める。個人賞として、日本記者クラブ賞(09年)、芸術選奨文部科学大臣賞(12年)、放送文化基金賞(16年)などを受賞。東海テレビドキュメンタリー劇場として、菊池寛賞(18年)も受賞している。最新作『さよならテレビ』は、2020年1月より順次公開。

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