民主化運動の歴史を描いた韓国映画を観る
加藤直樹(ノンフィクション作家)
韓国の80年代は、クーデターで成立した全斗煥政権の下で始まった。朴正煕政権時代からの高度経済成長は引き続いていたが、政治的自由は制限され、工場労働者たちは低賃金の下であえいでいた。
こうした状況に抗議の声を上げたのは、第一に学生運動だった。光州事件の真相が、大学のキャンパスの中でひそかに語り継がれていく。国民を守るはずの軍が国民に銃を向けた衝撃と、結果的に光州を見殺しにしてしまったという悔恨が、彼らを激しい運動に駆り立てた。
政権は当然、彼らを憎む。デモ参加者を逮捕するのはもちろんのこと、ときには拷問を加えて嘘の自白をさせ、でっち上げの罪で投獄した。
でっち上げ事件の一つに81年の「釜林(プリム)事件」がある。学生ら19人が、「国家保安法」違反で逮捕・起訴された事件だ。このとき初めて政治犯事件を担当し、学生の背中に残る拷問の跡に衝撃を受けたのが、盧武鉉(ノ・ムヒョン)という30代の弁護士だった。後の盧武鉉大統領である。貧しい家に育ち、高校を卒業した後に独学で司法試験に合格した彼は、税金専門弁護士として商売に専念し、苦労の末に手に入れた優雅な生活を謳歌していた。だが、この日の衝撃から一転、全てを投げ打って人権弁護士として闘うようになる。
この史実を娯楽作品に仕立てたのが『弁護人』(13年、ヤン・ウソク監督)だ。盧武鉉をモデルとする弁護士が、政治犯にでっち上げられた学生の冤罪を晴らすために法廷で闘うという物語で、主人公を、これもまたソン・ガンホが演じている。映画の前半は、たたき上げの主人公が茶目っ気のある営業にまい進して商売を広げていく人情喜劇風味だが、なじみの食堂の息子が(というのはフィクションだが)政治犯として捕まり、主人公がその弁護に乗り出してからは、迫力に満ちた法廷劇が繰り広げられる。検察も裁判官もなれ合う中、彼はほとんど一人で闘うことになるのである。
ここでは、先に触れた韓国憲法第1条が、台詞としてそのまま登場する。証人に立った公安刑事が「お前は弁護士のくせに国家が何かも知らないのか」と叫んで威圧してくるのに対して、主人公がこう叫び返すのである。「知っています。よく知っています! 大韓民国憲法第1条2項『大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民に由来する』。国家とは国民なのです!」(映画『弁護人』より、筆者訳)。
かつて「デモで世の中が変わるものか」と学生運動をシニカルに眺めていた主人公が、拷問による事件のでっち上げや茶番の法廷といった現実を目の当たりにしたとき、「これはおかしい。正義ではない」と声を上げる。そのとき、「主権は国民にある」「国家とは国民だ」という言葉がほとばしるのである。強大な軍政に守られた検察と裁判所の壁は容易には超えられない。だが、彼自身は民主化運動のリーダーへと大きく生まれ変わることになる。
主人公のモデルは、先に書いたように、若き日の盧武鉉である。彼は、庶民の中から現れた改革派の大統領として今も人気が高い。しかしこの映画は決して、彼の英雄譚を意図したものではない。むしろ、モデルは他の誰かでもよかったかのようだ。あのとき、無数の「弁護人」がいた。ごく普通の人が、たった一人で「これはおかしい」と声を上げ始める。声を上げたことで、彼自身が変わる。そのことが、80年代の韓国を民主化へと動かし始めたのだ――というのが、この映画のメッセージなのだと思う。

映画『1987、ある闘いの真実』DVD(2019年2月6日ツインより発売)©2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED
『1987、ある闘いの真実』――小さな抵抗が連鎖する
1987年6月、韓国でさまざまな民主化運動が結集し、その呼びかけに応じて全国で100万人以上の人々が連日、街頭に飛び出して民主化を叫ぶという大事件が発生する。後に「6月民主抗争」と呼ばれる出来事だ。日本語の「抗争」はいい響きの言葉ではないが、韓国語では「不義に抗する闘い」といった意味を持つ。
きっかけとなったのは、その年の1月、治安機関によってソウル大学の学生・朴鍾哲(パク・ジョンチョル)が拷問によって殺されたことだった。この事件の全貌が明らかになり、怒りが広がる中で、事態が全国一斉のデモへと展開したのである。路上に出たのは、知識人や学生だけではない。カトリック教会や仏教の指導者たちも先頭に立ち、バスやタクシーの運転手は一斉にクラクションを鳴らした。そして「ネクタイ部隊」と呼ばれたサラリーマンや働く女性たち、露天商まで、あらゆる階層の人々が連日、街頭にあふれ出した。警察がいくら催涙弾を撃っても彼らは解散しなかった。翌年にソウル・オリンピック開催を控える中、軍を出動させて露骨に弾圧するわけにもいかず、6月29日、政権はついに「民主化宣言」を発表する。内容は、大統領直選制、政治犯の釈放、言論の自由の保障、地方自治の実施――など。この年の10月、憲法が改正され、今日に至る韓国の民主主義制度の基礎が定まる。
『1987、ある闘いの真実』は、こうした劇的な出来事が起きた1987年を舞台としているが、6月民主抗争そのものを描いた作品ではない。そうではなく、そこに至る半年のプロセスを描いた群像劇である。ハ・ジョンウにソル・ギョング、ユ・ヘジン、キム・ユンソクにムン・ソリ(声だけだが)、さらに注目株の新人キム・テリと、豪華出演者が登場する。
物語は、87年1月14日、「治安本部」の施設で拷問を受けたソウル大の学生・朴鍾哲が死亡するところから始まる。治安機関はこれを隠ぺいしようと、ソウル地検の検事に即時火葬の許可を申請する。たいていの検事は泣く子も黙る治安本部の申請を右から左に許可するのだが、このときは気骨ある検事がこれを拒否し、逆に免職覚悟で検死解剖の命令書を発行する。事態はここから、大きく展開していくことになる。
一人の若者の死を前に、当然の職責を果たそうとした検事。カルテに嘘を書くことを拒否した医師。事実を伝えるべく必死の努力をする新聞記者。最低限の尊厳を訴えた遺族。さまざまな立場の人の「まともさ」「良心」と、そこから発する小さな抵抗が連鎖して、権力のシナリオが崩れていく。それが、この作品が語る「1987年」だ。登場人物の多くが実在の人で、脚色はあるものの事実に基づいているというのも驚きである。
構成も巧みである。『日本のいちばん長い日』を思わせる群像劇で、その上、抵抗のたいまつが人から人へと手渡されるように、主人公が次々と移っていくのだが、全く破綻せずに最後までそれを見届けることができる。韓国の百想芸術大賞映画部門で大賞・脚本賞などを受賞しているのもうなずける。
一人ひとりの、たった一歩の抵抗の連鎖が、ついには路上にあふれ出るデモの波となるまでを、『1987……』は力強く描いたと言えるだろう。
ただし、そこに至るまでに多くの人の人生が犠牲になった事実は重い。80年代、民主化運動の中で多くの若者が生命を落とし、生涯残る傷を受けた。そのひたすらな苦さを伝えているのが『なつかしの庭』(06年)である。本稿で取り上げた中で、私が最も好きなのは、実はこの作品だ。ラブストーリーなのだが、隠された テーマは、あの時代の犠牲となった人々への「追悼」であり、「敬意」である。

映画『共犯者たち』より。2018年12月1日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。©KCIJ Newstapa
韓国民主化運動映画と「南北分断」
著者情報
ノンフィクション作家
加藤直樹
かとう なおき
1967年、東京都生まれ。法政大学中退。出版社勤務を経てフリーランスに。
著書に『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから、2014年)、『謀叛の児― 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社、17年)、共著に『NOヘイト! 出版の製造者責任を考える』(14年)、『さらば、ヘイト本! 嫌韓反中本ブームの裏側』(共にころから、15年)、『戦争思想2015』(河出書房新社、15年)、翻訳に『沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート』(チェ・ギュソク著、ころから、16年)がある。