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一語千金

インフレ税

[inflation tax]
目に見えない「魔法の税金」

玉手義朗(エコノミスト)

「バブルの時はよかった。マンションを買ってもすぐに値が上がり、借金が軽くなったからなぁ…」と知人が懐かしむ。バブルの最中に住宅ローンで3000万円のマンションを購入すると、2年後には資産価値が4000万円に上昇、実質的なローン残高は2000万円に減少したというのだ。「思い通りに資産インフレを起こせる魔法があったら、またマンション投資で大もうけできるのに…」と、バブル再来を期待するが、そうした「魔法」など使えるはずもない。
 ところが、この「魔法」を使うことができるのが政府と中央銀行で、大量に貨幣を供給するなどの方法で意図的にインフレを起こすことが可能なのだ。政府と中央銀行がインフレを起こせるのは、「貨幣発行権(シニョリッジ)」を持ち、貨幣という「商品」を独占販売しているからだ。インフレは物価が上昇すること、別の見方をすれば貨幣の価値が低下することであり、政府と中央銀行が貨幣の粗製乱造を始めることで発生するが、国民は貨幣を使わざるを得ない。インフレ税は政府が不良品の貨幣を国民に押しつけることでもうけを出す、つまり税金を徴収しているのと同じだと見なすことができる。
 思惑通りインフレになれば、たとえば国債の利払いの実質価値は低下するので、政府の借金を軽くすることができる。インフレを起こすことで、政府の財政事情を好転させようとするのが「インフレ税」なのだ。
 インフレになると、借金が軽くなるのみならず、税収そのものも増加する。税金徴収の基準となるのは「価格」や「利益」などであり、インフレによって物価が上がれば自動的に税収が増加する。また、インフレが進むと、給与の上昇圧力も強まり、これが所得税の増加ももたらすことになる。
 インフレ税は、他の税金とは異なり、誰一人として逃れることができない。また、所得が増えるにつれて税率も上昇する「累進課税」も適用されないため、低所得者層の税負担がより重くなる「逆進性」を持つことになる。ところが、インフレ税は国民に税を取られているという意識を与えない「見えない税金」であることから、こうした問題が表面化することもない。
 インフレ税が「徴収」されていたのがバブル経済だった。バブルは不動産や株式などの価格が急上昇する「資産インフレ」であり、その恩恵を受けて1988年からの5年間、政府の財政収支は黒字となった。これに伴って、赤字国債の発行も減少、90年度からの3年間はゼロとなる。国民は誰一人として税金が増えたとは感じていなかったが、実際には急騰したマンション価格や、巨額のもうけを手にした不動産業者の利益などにインフレ税が課せられ、政府の税収が増えていたのである。
 政府にとって、都合のよいインフレ税だが、中央銀行の金融政策だけでインフレを起こすことは容易ではない。また、インフレを起こすことに成功した場合、今度は歯止めがかからなくなってハイパーインフレに突入、経済が崩壊する危険性もはらんでいる。
 年間2%のインフレ目標を掲げている日本銀行。その名目は、デフレ脱却と経済再生だが、インフレ税によって財政赤字を減らそうという意図も見え隠れしている。消費税を超える効果を持つインフレ税は、税収不足に悩む政府がひそかに使おうとしている「魔法」なのである。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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