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一語千金

ノーベル経済学賞

[The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel]
経済学最高の栄誉だが…

玉手義朗(エコノミスト)

「料理コンクールで優勝したシェフをスカウトしました。ぜひ、ご来店ください」という案内に誘われて、知人が経営するレストランに行ってみた。高額の給与で引き抜かれたというシェフの料理だったがその味は今一つ、「料理コンクールのレベルが低かったのかな…」と知人も不満を口にする。
 このレストランと同様の事態に陥ったのが、LTCM(Long Term Capital Management)というヘッジファンドだ。最強の「投資集団」を作り上げるためにアドバイザーとして招かれたのがマイロン・ショールズとロバート・マートン。二人はデリバティブの基礎を確立したことで、1997年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者だ。ところが、受賞した翌年、LTCMは巨額の損失を出して破綻(はたん)する。世界最高の料理賞を受けたシェフを連れてきたら食中毒を出し、レストランが潰れてしまったというわけだ。
 ノーベル経済学賞は経済学の分野で大きな功績を上げた人物に贈られるもので、68年に創設され、翌年に最初の授与が行われている。歴代の受賞者にはケインズ経済学とアダム・スミスを源流とする新古典派経済学とを融合したポール・サムエルソンや、マネタリズムの元祖であるミルトン・フリードマン、ゲーム理論の基礎を確立、映画「ビューティフル・マインド」で、その半生が描かれたジョン・ナッシュなど、経済学のスターが受賞している。
 しかし、ノーベル経済学賞の正式名称は「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」、正式なノーベル賞ではない。スウェーデン国立銀行が創立300年の記念行事の一環としてノーベル財団に働きかけて創設したもので、賞金もスウェーデン国立銀行が提供している。ノーベルの遺言とその遺産を基に贈られるものがノーベル賞であり、「同列に扱うべきではない」「廃止すべきだ」といった声も根強いのだ。
 創設の経緯に加えて、経済学にノーベル賞がふさわしいのか?という根本的な問いかけもある。絶対的な真理を追い求める物理学賞などでは、どんなに革新的な理論であっても、それが真実であることが証明されない限り賞は与えられない。アインシュタインがノーベル賞を受けたのは「光量子理論」で、彼の最高の業績である「相対性理論」は確認されていなかったため、授賞の対象外だった。2013年の物理学賞は「ヒッグス粒子」の存在を提唱したヒッグス教授らに贈られたが、その研究は1964年に発表されたもの。2012年に実験でその存在が確認されて、ようやく受賞できたのだ。
 一方、経済学には「絶対的な真理」が存在せず、ノーベル経済学賞でも対立する二つの理論が時期をずらして受賞するなど、厳密性に欠けていると批判されている。こうした問題点が現実化したのがLTCMの破綻であり、当時は授賞取り消しはもちろん、賞の廃止も議論された。
 ノーベル経済学賞は、経済学界最高の栄誉だが、賞を受けた理論は絶対的なものではない。「ノーベル賞を取った理論を使えば、大もうけは確実」といった過信は禁物なのである。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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