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一語千金

自社株買い

[stock buy-back]
お金がないとできません

玉手義朗(エコノミスト)

「部屋を売ってもらえませんか?」と、かつて住んでいた分譲マンションで突然の申し出を受けたことがあった。部屋を売って欲しいというのは隣の部屋に住むAさんで「建て主」でもあった人。自宅を壊してマンションを建てたAさんは、その中の一部屋に入居し残りの部屋を分譲した。ところが長男が結婚、一緒に住んでもいいと言い出したことから、部屋を買い戻してプレゼントしたいという。「お金はあるので…」と、少々割高でもいいので、是非とも売って欲しいというのだ。
 いったん分譲したマンションを売り主が買い戻す。同じことが株式市場でも行われている。「自社株買い」だ。株式会社がすでに売り出した株式を、自社の資金を使って買い戻すのが自社株買いで、通常の株式取引と同様に株式市場に買い注文を出して買うのが一般的だ。
 自社株買いを行う理由の一つが、株式価値の向上のため。株式会社の所有権を分割したものが株式であり、企業の利益や資産も株数に応じて配分される。1000株を発行している株式会社の純利益が1億円だった場合、「1株当たり純利益EPS)」は(1億円÷1000株=)10万円となる。ここで、100株の自社株買いが行われて発行済み株式数が900株に減少すると、1株当たりの純利益は(1億円÷900株=)11万1111円へと増加する。また、純資産を株式数で割った1株当たりの純資産額も増加することから、「株価純資産倍率PBR)」も向上する。分譲マンションの部屋数が減少したら、土地などの共有部の割合が増加して価値が上昇するのと同じ理屈だ。
 株式価値が向上することから、自社株買いが発表されると株価は上昇する。自社株買いの資金は、株式会社が保有している現金などの「内部留保」が使われる。これは株式配当と並ぶ株主への「利益還元」策の一つであるため、株式市場は歓迎するのだ。
 自社株買いは、敵対的買収から企業を守るために行われることもある。企業の経営方針は株主総会における議決で決定されるため、買収を仕掛ける側は株式を大量に集めて、株主総会を支配しようとする。したがって、発行されている株式数を減らしておけば、株式の買収工作を困難にできるというわけだ。
 自社株買いをした後の株式の処理には、「消却」と「金庫株」の二つの方法がある。消却はその名が示す通り、株式を会計上消滅させてしまうというもので、株主への利益還元の場合に使われる。長男のために購入した部屋の壁を取り壊して、両親の部屋と合体するのが消却なのだが、将来不要になった場合には簡単に再分譲できない。一方の金庫株は、買い戻した株式をそのまま保有し続けるもので、将来資金が必要になった場合にはすぐに再販売できるため、敵対的買収に備える場合などで選択されている。
 近年、自社株買いをする企業は増加傾向にあるが、その資金は内部留保に限られているため、お金に余裕がある企業でなければ実施できない。長男のためにマンションを買い戻すことができるのは、Aさんがお金持ちであるからこそ。自社株買いができるのは、その会社に資金に余裕がある証拠であり、株価が上昇するもの当然というわけだ。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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