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経済万華鏡

円高は脱ドルへの突破口

浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

 今、なぜこんなに円高なのか。これは円の実力なのか。円は、為替市場の激動の中で単に小突き回されているだけではないのか。こうした疑問を抱かれている方は少なくないかと思います。
 確かに、いつまでたってもデフレを脱却出来ない日本の通貨の一体どこに、1ドル70円割れをうかがうような自力があるのか、と思いたくなりますね。その疑念には一理あります。

 ただ、この発想には出発点に少々問題があります。それは、そもそも今の為替相場の動きを「円高」ととらえている点です。今起こっていることは、円高ではありません。ドル安です。より正確に言えばドルに対する過大評価の修正が進んでいるということです。
 メディア上でも、円高という表現ばかりが踊って、ドル安という言い方はほとんど目にすることがありません。これは問題です。今の為替関係の動きは、要因がもっぱらアメリカ側にあります。高過ぎるドルが、身の丈にふさわしい水準を探り当てようとしている。それが現状です。
 その限りでは、円側にいかなる事情があろうと、いかに円が買われる要因がなかろうと、今の展開は起こるべくして起こっているものだと考えてしかるべきところです。

 それなら、やっぱり円は小突き回されているに過ぎないじゃないか、というご指摘もあるかもしれません。確かにそう言える面はあるでしょう。
 ですが、それだけでもありません。日本はいまや世界最大の債権国です。貯蓄規模が世界で一番大きい。日本の政府部門こそ大赤字ですが、民間部門は貯蓄超過で、債権大国としての日本の地位を支えています。それに対して、アメリカは世界最大の借金国です。借金国からカネが逃げ出して、債権国に安住の地を求めるのは当然です。
 いくら当然だといっても、円高がどんどん進行するのはやっぱり困る。日本経済はそれによって大打撃を受けるではないか。そこをどう考えるのか。そのような疑問も出て来るでしょう。これもごもっともです。ですが、ここにも出発点に一つ問題があると言えます。

 確かに、急激な為替関係の変位には経済的打撃が伴います。例えば、明日、1ドル50円というようなところまで為替相場が動いてしまえば、これは大変なことになるでしょう。ですが、それなりに時間をかけて1ドル50円に軟着陸するのであれば、話はかなり違います。
 軟着陸型のドル安進展なのであれば、それは、むしろ、グローバル経済と日本がドルのくびきから解放されることを意味していると言えるでしょう。1ドルの価値が50円まで低下するということは、それだけ、世界も日本もドルを使わなくなる、必要としなくなることの結果にほかなりません。
 人々があまり使っていない通貨であれば、その価値がいくら下がろうと、誰も痛くもかゆくもありません。

 実をいえば、今のイギリス・ポンドがまさしくそうした立場にあります。かつて、ポンドは世界の基軸通貨でした。19世紀末から、第二次世界大戦後にドルにその地位を明け渡すまでのことです。その間は、誰もがポンドを決済に使い、資産として持っていました。ですから、誰もがその為替相場の行方を巡って一喜一憂していたわけです。
 ですが、今はどうでしょう。今この瞬間、ポンドの対円相場がいくらになっているか。それを即答出来る方々がどれだけおいででしょうか。1ドル50円時代になるということは、これと同じことがドルについても起こることを意味しているわけです。ドル離れした世界において、ドルの減価は誰にも痛みをもたらしません。その意味で1ドル50円時代も恐るるに足らずです。

 ドル相場に振り回される状態から解放されたければ、むしろ、積極的にドルの減価を推進していくべきところです。それを例えばG20諸国の間で計画的・協調的に推し進めていくことが出来れば、誰にとっても、今よりは居心地のいい場所に到達することが出来るのだと思います。

著者情報

同志社大学大学院ビジネス研究科教授

浜矩子

はま のりこ

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、現在に至る。『グローバル恐慌』『スラム化する日本経済』『ユニクロ型デフレと国家破産』『浜矩子の「新しい経済学」~グローバル市民主義の薦め~』など多数の著書がある。

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