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経済万華鏡

仮想通貨と架空通貨

浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

「ビットコイン、通貨と同じ位置づけに」。この見出しが新聞紙面に登場していることを発見。2週間ほど前のことです。

 ご存じの通り、ビットコインはこれまで「商品」つまりモノの扱いを受けてきました。ですから、購入にも消費税がかかりました。ところが、これからはビットコインをおカネと見なす。そのような方針を財務省と金融庁が打ち出しました。これが実現すれば、日本円というおカネと引き換えにビットコインを入手しても、消費税を納める必要はなくなるわけです。2017年の春からの実施を目指しているそうです。
 ビットコインは、いわゆる「仮想通貨」です。法定通貨ではありません。つまり、国や中央銀行がその価値を保障するわけではないということです。いうならば、IT的仮想空間の中から生まれ出てきた妖怪的存在ですね。少しばかり、ポケモンGO的な神出鬼没さを誇っています。責任主体を特定できない。要は、バーチャル空間の中の浮遊物です。このような存在を通貨と見なしてしまって、本当にいいのでしょうか。

 通貨とは、そもそも何か。通貨は、なぜ通貨なのか。この問いかけに対して明確な答えを持っていなければ、ビットコインの通貨性を判定することはできません。ここで重要なことは何でしょう。それは、そもそも、およそ通貨と名のつくものは、全て基本的に仮想的存在なのだということです。
 通貨は、それを通貨だと人々が想定し、認知しなければ通貨にはなりません。いくらピカピカに光るからといって、そのことだけで金貨がおカネとして通用するとは限りません。金貨を、単なるアクセサリーとしか見なさない世界だって有り得ます。逆に、どんなに薄汚い木片でも、それを人々が通貨だと見なせば、それは通貨になるのです。

 通貨を人が通貨だと仮想する時、その根底にあるものは何でしょうか。それは、人が人を信用するという関係です。この人がこれはカネだというなら、そう認めていいだろう。自分がこれをカネだといえば、相手も自分がいうことを信用して受け取ってくれるだろう。この信頼関係が、通貨という「仮想」を成り立たせるのです。
 ビットコインには、果たして、この信用に基づく仮想の裏打ちがあるといえるでしょうか。筆者には、どうも、そうは思えません。なぜなら、ビットコインの値段は需給に応じて変動しますよね。その意味で、ビットコインは商品です。しかも、かなり投機性の強い商品です。その通貨的な価値を人々が幅広く信用しているわけではないのです。この状況から脱却できなければ、ビットコインはそもそも仮想通貨になることさえできません。単なる架空通貨です。
 いつの日か、ビットコインが「本当の仮想通貨」になる日が来るでしょうか。来るかもしれない。来ないかもしれない。じっくり観察していきましょうね。

著者情報

同志社大学大学院ビジネス研究科教授

浜矩子

はま のりこ

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、現在に至る。『グローバル恐慌』『スラム化する日本経済』『ユニクロ型デフレと国家破産』『浜矩子の「新しい経済学」~グローバル市民主義の薦め~』など多数の著書がある。

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